江戸城

住所:東京都千代田区千代田 / 東京都 / 城ファンチェック: 8

写真:岡 泰行

交通アクセス交通アクセス

鉄道利用

JR東京駅下車、徒歩8分。

文献資料文献資料

江戸城に関しては東京都立中央図書館(帝都高速度交通営団の地下鉄日比谷線広尾駅下車徒歩6分)、江戸城の北詰橋門外、国立公文書館。または、浜松町駅から海岸へ行くと東京都公文書館。その他、史学科のある各大学図書館。
[幕府老中松平相模守 (1998.03.14)]

本丸(東御苑)内の売店に縄張図が売ってました。
[ume (1999.06.11)]

近郊グルメ近郊グルメ

「太公望」中華料理屋。早稲田大学文学部の側。
[ume (1999.06.11)]

宿泊宿泊

東京ならホテルがいっぱい。東京駅の赤煉瓦にも……。
[幕府老中松平相模守 (1998.03.14)]

東京都の観光おすすめ東京都の観光おすすめ

営団地下鉄南北線の市ヶ谷駅コンコースへ行ってみよう。ここには、江戸城外堀の石垣が露出展示されています。工事中に発見されたもので、もちろん本物。市ヶ谷駅へは東京駅から山の手線で有楽町へ出て、営団有楽町線に乗り換えるのが一番いいようです。
[市瀬俊一 (1997.12.19)]

北の丸公園に田安門や清水門、竹橋駅の近所には天守閣跡の石垣が残っています。また、市ヶ谷駅を出たところにある川は、実は江戸城の外堀跡として史跡に指定されています。さらに、日本銀行本店の向かいの首都高速下には常盤橋門跡があって、見所の多いお城となっています。
[市瀬俊一 (1998.01.18)]

東京駅八重洲口前には「南町奉行所」跡の石碑もあります。有楽町線桜田門駅を降りますと、警視庁の向かいに外桜田門があります。これも田安門や清水門と同じく、江戸城当時からの建物です。皇居の門になっているものには当時からのものもあるようですが、平川門などは当時から残っているものではないようです。
[市瀬俊一 (1998.01.18)]

氷川神社には、境内に八坂神社がありますが、これが元は江戸城内にあった東照宮の建物だそうです。江戸城内の宗教関係建築は、全国でここにだけ残っているとか。一見の価値あり。
[市瀬俊一 (1997.12.19)]

高輪の泉岳寺や巣鴨の本妙寺に遠山左右衛門尉(金四郎)景元の墓など。
[幕府老中松平相模守 (1998.03.14)]

城ファンチェック (8)

  • avatar

    1997.12.19 市瀬俊一 さんより

    現在は一部が「皇居」として使われている。現地に残っているのは堀と石垣と一部の門の建物だけであるが、もし、江戸城にあった建物が見たいとおっしゃる方は、そこからおよそ70km離れた埼玉県川越市へいらっしゃい。
    川越市内には江戸城から移築した建物が4棟も残っていて、見学も可能です。所在地は、喜多院と氷川神社。喜多院の客殿、書院、庫裏は、元々江戸城紅葉山にあったもの。だから、3代将軍家光誕生の間や、春日の局化粧の間などがあります。

  • avatar

    1997.12.19 市瀬俊一 さんより

    この城は日本全国にある普通のものとは異なり、今や皇居という通称で呼ばれている。城自体は何の変哲もない、また跡だけが残る完全体の城ではないが、皇居東御苑内(江戸城の本城)の本丸にある宮内庁書陵部は民間人では研究者だけが愛用できる穴場の資料館、研究所である。学生でも指導教員と一緒に行ってもらえば、OKだそうである。

  • avatar

    1998.03.14 幕府老中松平相模守 さんより

    この城は日本全国にある普通のものとは異なり、今や皇居という通称で呼ばれている。城自体は何の変哲もない、また跡だけが残る完全体の城ではないが、皇居東御苑内(江戸城の本城)の本丸にある宮内庁書陵部は民間人では研究者だけが愛用できる穴場の資料館、研究所である。学生でも指導教員と一緒に行ってもらえば、OKだそうである。

  • avatar

    1998.03.14 幕府老中松平相模守 さんより

    江戸城の見物は、かつてほどはない櫓(富士見櫓=天守閣代用)が3つ、多聞は御休息前多聞の唯一があるにみ。天守台は明暦三年の大火で焼失後、三代目加賀藩主前田利常が指導して築いたが、天守閣は経費の面が大きな理由から再建されずにいた。ここで国あげての再建を切に要望したい。

  • avatar

    1999.05.17 J=D=メリック さんより

    江戸本城は、有名すぎるので、外堀についていくつか紹介します。四ッ谷と牛込門趾の石垣が、一部残っています。前者はJR四ッ谷駅前のロータリー脇、後者はJR飯田橋駅の神楽坂よりの改札を出て左に見えます。特に後者は、道路の両側に石垣が残っていますのでちょっとしたゲートにもなっています。存在感があります。
    また、江戸城の出城とも言われている西日暮里の道灌山は、江戸時代は花見の名所で、今でも諏訪神社の境内のなかにあり、春の季節は花見ポイントになっております。但し、往時のように荒川から筑波山まで見渡せる景色はありませんが。道路を挟んだ反対側の現在開成高校があるところ、夏目漱石の小説「三四郎」のなかで、与次郎が佐竹の下屋敷だと通り抜けて叱られたところが道灌山で、断崖になっており、ここに城を置くことが当然といえるほどの地形です。一見の価値はあります。

  • avatar

    1999.06.11 ume さんより

    とにかく広いです。本丸(現東御苑)の中雀門を構成する石垣は、他の遺構の石垣とは異なり焼損が著しく明暦の大火により破損した天守台の石垣を再利用したと考える研究者もいます。

  • avatar

    1999.06.11 shirofan さんより

    江戸城のことがつぶさにご覧になりたい方はこちら→[江戸城「江戸歴史散歩」]

  • avatar

    2015.11.13 shirofan さんより

    2015年以降、毎年、春と秋に「乾通り(坂下門〜乾門)」が一般公開されることとなった。2015年の秋は12月5日(土)から12月9日(水)までの5日間。毎年、宮内庁のサイト「参賀・参観・申込」で公開日のアナウンスがある。道灌堀や富士見多聞などを見ることができる。

口コミ投稿

ささ、あなたの知っている江戸城ネタをご投稿ください

お城めぐりFANライブラリ:江戸城フォト

あわせて読みたい