伊賀上野城

住所:三重県伊賀市上野丸之内106 / 三重県 / 城ファンチェック: 17

写真:岡 泰行

開城時間開城時間

伊賀上野城の模擬天守は、9:00〜17:00(入館16:45)、休館日は12月29日〜30日

交通アクセス交通アクセス

鉄道利用

JR関西本線、伊賀上野駅下車、近鉄伊賀線乗換、上野市駅下車、徒歩5分。または、JR伊賀上野駅よりバス7分。

マイカー利用

名阪国道(R25)上野東ICより北へ約7分(2.4km)、上野公園を目指す。上野公園の南東に駐車場有り。休日はすぐに満杯になるが市役所北側のエリアにも駐めることができる。

文献資料文献資料

書籍『伊賀上野城』『藤堂高虎文書集』『上野城絵図集成』見どころ紹介を気軽になら、ずばり『伊賀上野城』が良い。縄張りを示す絵図の掲載もあり、「筒井の天守」の解説や、明治まで現存していた大手門や武具蔵など古写真、城代屋敷の図面などが掲載されていて分かりやすい。そのほか『藤堂高虎文書集』『上野城絵図集成』など。いずれも小天守の受付で販売されている。

撮影アドバイス撮影アドバイス

伊賀上野城らしさがある次の3ポイントをどうぞ。

水堀越しに本丸高石垣を

日本2位の高さを誇る伊賀上野城本丸石垣伊賀上野城といえば、高石垣。高さ約30mで、水面上は約24m。日本第二位の高さといわれ、藤堂高虎が築いた。日本一の高さといわれている大坂城の高石垣は本丸東側で、伊賀上野城の高石垣は西側。ちょうど、両城の高石垣が向かい合うかたちとなっている。もっとも現在の大坂城は徳川大坂城なのだが、そこは曖昧に豊臣大坂城と向き合っていると思いたい。本丸石垣の西側を道路沿いに歩いていけば、写真アングルの水面の高さまで降りることができる場所がある。

 

城代屋敷の台所門跡から天守を

伊賀上野城の残照復興天守の東にある、城代屋敷の台所門跡。近年、整備され、視界を遮る木々が伐採され天守の眺望が良くなっている。10年前は城代屋敷の南端あたりから良いアングルが得られたが、木々が成長してしまい天守とのバランスが悪くなってしまった。

 

お泊まりなら「ホテルグランティア伊賀上野和蔵の宿」から

ホテルグランティア伊賀上野和蔵の宿からの眺め城の南西に位置する「ホテルグランティア伊賀上野和蔵の宿」。最上階、お城側コンフォートツインからの眺めは、実に平山城らしがある。広大な台地の上に建つ天守閣が美しい。本丸石垣もちらりと見える。アングルを変えれば、城下町も眼下に。筆者が泊まったときは、たまたま、早朝に濃厚な朝霧に包まれた。朝霧の上から見れば雲海なのだが、残念ながらホテルも城山も高さが無いので、ただ視界が利かない風景に。写真は朝霧が消えたところ。どんより霧に包まれた様子は、こちらで公開している。

近郊グルメ近郊グルメ

ステーキハウス Grazie地元でいくつか伊賀牛の店を聞いた。そのうち城近くに泊まるなら「ステーキハウス Grazie」が良い。名張にある伊賀牛の直営店でその2号店がここ伊賀上野にオープンした。近江牛などあっさりとした牛肉と違って、肉のうまみがあるのが伊賀牛。ぜひ一度、食してほしい。場所は上野市駅前ロータリーの正面の「東大手門跡石碑」に隣接するビル、ハイトピア伊賀の2階。昼食なら地下に駐車場もあるが、上野城の駐車場は1日通しの料金なので徒歩で、東大手門跡石碑を目指し、ついでに昼食を。そのほか「すきやき伊藤」などが有名店だったが平成26年12月に閉店している。

宿泊宿泊

ホテルグランティア伊賀上野和蔵の宿からの眺め城の南西に位置するビジネスホテル「ホテルグランティア伊賀上野和蔵の宿」の最上階、コンフォートツインお城側がずばり良い。城の南西にあって、眼下には旧崇廣堂を見下ろし、復興天守の眺望もよく、伊賀上野城が台地の上にある平山城であることが見渡せる。おまけに人口温泉で部屋も綺麗。お値段もリーズナブル。

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筒井天守跡石碑をお忘れなく

筒井天守跡本丸石垣や天守閣に気を取られて本丸東側の「城代役所跡」を見忘れてはいけないぞ。立派な虎口や井戸跡に加え、近年、台所門跡が整備されている。そしてなによりも城代役所跡北東隅の「筒井天守跡石碑」は必須だ。ちょうど大きなタンクの東南角の藪に、石碑への登り口がある。また、城域の東(市役所の北)には、蛇谷堀という水堀が残っている。

 

現存櫓「永倉」

伊賀上野城の永倉最も見忘れやすいのが、城域の北東にある現存櫓「永倉」。これは有料の忍者屋敷に入らねばならず、ひととおり忍者屋敷を順路を通ってからしか、たどり着けない。内部は思いっきり忍者がらみの展示で、櫓だけを目当てにすると、がっくりするが、現存と聞いてスルーできないのが悲しいところだ。入場料は天守閣より伊賀流忍者博物館の方が高く700円以上もする。んがしかし、もし忍者屋敷を見たことがなければ、入ってみるといいかも。忍者屋敷その仕掛けも面白いし、なによりも、どんでん返しひとつとっても、演技のスピードたるや恐ろしく速い。ちなみに、意図して辿り着いた訳ではないが、「芭蕉翁記念館」の背後には、小道があり、そこを進むといくつかの曲輪跡と思われるスペースが点在している。さらに道なりにすすむと、その「永倉」の裏に出る。そのほか、三重県立上野高校内に手当蔵(旧武器庫)がある。

 

城下町の見どころ

旧崇廣堂現城下では(といっても城域なのだが)、復興城門の「白鳳門」、その道ぞいにある「藤堂新七郎屋敷跡石碑」、「西嶋八兵衛屋敷跡石碑」、そして「旧崇廣堂」がある。中でも「旧崇廣堂」はいわゆる藩校で、その規模がすさまじく大きい。藩主のみ通ることが許された御成門やそれに続く小玄関、講堂など実に見どころが多い。伊賀上野城の天守でがっかりしたとすれば、この藩校で来たかいがあったと思わせてくれるほどの規模だ。

伊賀上野城・東大手門跡石碑さて伊賀鉄道伊賀線の線路を南に超えてみよう。上野市駅前には、なぜか『銀河鉄道999』の星野鉄郎とメーテルの銅像、そのロータリーに松尾芭蕉の銅像があり、ロータリーを渡った先、東側に「東大手門跡石碑」がある。また、西に徒歩10分ほど進めば「西大手門跡石碑」があり往事の城域が体感できる(西大手門で使用されていた、くぐり戸の戸板は天守内に展示されている)。

 

武家屋敷「入交家住宅」

城下町の寺町寺町に足を向けてみよう。寺町は城下町の東端に設けられており、それより内側の武家屋敷エリアに行く道筋が制限されているのが特徴だ。現在も多くの寺が並び、中でも上行寺に、藤堂高虎の墓がある。また寺町からほど近い武家屋敷「入交家住宅」が良い。「入交」と書いて「いりまじり」と読む。関西ではめずらしい名字だが、入交家は長宗我部元親に3000石で仕えていた。入交家住宅・武家屋敷藤堂高虎が宇和島城今治城時代に、土佐衆を召し抱えており、このとき、入交家も高虎の家臣団となった。入交家住宅は、長屋門から母屋まで、その規模もさることながら風情がある。よく見ると天井に顔の落書きも見られるがいつのものかは分からない。

さらに南に下れば武家屋敷「旧赤井家住宅」がある。赤井家はもともと黒井城の城主だったそうで、京都で蟄居していたところ、藤堂高虎に召し抱えられたそうだ。2010年、赤井家の子孫が、この赤井家住宅を伊賀市に寄贈した。近年、整備が終わり公開されているが、あまりに綺麗すぎて、長屋門以外、昔の面影や風情が見られないのが、ちょっと残念だ。伊賀上野には、観光マップによっては武家屋敷が3つ記載されているように見えるものもあるが、この2つだと覚えておこう。 そのほか西の外れに「日本三大仇討・伊賀鍵屋の辻」があり石碑がある。付近には数馬茶屋やその資料館がある。

それぞれ詳しい場所は、上記Googleマップに、つぶさにプロットしているから確認してほしい。

お城戦国グッズお城戦国グッズ

城内売店などで売られているグッズは忍者が中心。思わず手裏剣を一度は手にしてしまう。

城ファンチェック (17)

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    1997.05.30 半兵衛 さんより

    ここまで来れば、忍者屋敷を見ずには帰れない。蛍光ピンクの装束をまとったくのいちが、見事な技を見せてくれます。あなたも是非、どんでん返しの中へ。

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    1997.05.30 半兵衛 さんより

    西側の石垣は、すごい高さだ。大阪城に続いて日本で2番目の高さ。自殺の名所でもあるらしい。西側の石垣のみ高さを誇るのは、豊臣秀頼の大阪城への備えと言われている。天守は藤堂高虎が築城後、謎の崩壊をしているが、家康を意識し、高虎が壊したものと見てもおかしくない。

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    1997.05.30 半兵衛 さんより

    天守西側には、手のひらサイズの石がごろごろしている。攻城戦用のものとのこと。

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    1998.03.25 りょうさん さんより

    ここの天守閣内部(櫓だったかな?)の階段…と言うより、ほとんど梯子!めちゃくちゃきつかった!体力に自信のある方は是非どうぞ……。

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    1998.03.25 りょうさん さんより

    車で行くと、城に周りは大渋滞しているのでえらい目に遭います。電車の方が無難。

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    1999.11.02 Y.Akatsuka. さんより

    筒井古城跡を見てみると結構広い。丘の上にあるので軽装で行くといいでしょう。ただし、冬に行くのはお勧めできません。だって、とても寒いんですよ。伊賀の方の冬って。JR列車はディーゼル車です。非常にうるさいのでヘッドフォンステレオを着用されることを勧めます。

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    1999.11.02 Y.Akatsuka. さんより

    天守内の展示は鎧甲中心。

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    1999.11.02 Y.Akatsuka. さんより

    筒井家が大和国から転封されてきたんです。その時に、大和国では興福寺による荘園性的な支配が終結したとされています。また、大和国の諸豪族は帰農もしくは大和国外退去を命じられたそうです。

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    1999.12.05 ゆかs さんより

    伊賀はとってもロマンチックな町です。近鉄の駅のほうがお城には近いのですが私は関西本線をお勧めします。特に名古屋から出ている急行かすがで行くのが面白いです。2両編成でいまだにこんな車両があったのかと思うような古いディーゼル車です。JRの伊賀上野駅からお城までは2kmぐらいあるんですけどそこを歩いていくと伊賀の風情がしみじみと感じられます。チュルリラチュルリラ風に吹かれて知らない町を歩いてみたいって感じです(ちょっと古いかな)。とにかく一度行ってみることをお勧めします。

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    1999.12.27 六輔 さんより

    伊賀上野城は木造瓦葺き、白亜塗りこめの純日本建築様式の復興天守閣。上野市役所では「伊賀文化産業城」と呼んでいる。

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    2014.06.02 青士 さんより

    近くに藤堂藩の藩校があります。
    藩校は日本に現存している数も少ないので、是非!貴重なこの藩校に立ち寄って欲しいです。
    赤門から入ると、広く構えた入り口。中を進めば広いお堂に立派なお庭。生活空間もしっかり見ることができます。

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    2014.07.25 城好き中学生 さんより

    西側の高石垣は藤堂高虎が立てたんですよね。
    藤堂高虎は僕が一番尊敬する戦国大名です。築城の名手です。
    加藤清正は複雑な曲輪で攻めにくい城郭を目標にしているのに対し、藤堂高虎は単純で守りやすい、高石垣を備えた城郭を目標にしました。
    僕は藤堂高虎の考えに共感します。

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    2015.04.01 shirofan さんより

    天守で働いてられる方々は、実に気さくに、伊賀上野のことを教えてくれる。現地の話に耳を傾けると旅が思い出深いものとなる。これこそ、また来ようと思う。

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    2015.04.02 shirofan さんより

    天守台裏手に積まれた栗石は、石垣修復用、または、本丸東部の斜面使用予定のものだったのではといわれている。

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    2015.04.02 shirofan さんより

    伊賀上野城は、伊賀盆地を東西に横たわる洪積台地の北端に築かれている。台地上には川が無いため、井戸は深い。城下町も台地にあり、水はけの良い土地だ。台地上の築城の欠点として、台地の伸びる方向、つまり南側の防御が弱い。伊賀上野城は、西側には巨大な堀と石垣、そのほかの面は小さな堀や腰曲輪が設けられているが、大手にあたる南側に内堀がなく、石垣も低い。これは未完成の城を意味している。

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    2015.04.02 shirofan さんより

    伊賀鉄道「上野市駅」前には、なぜか、星野鉄郎とメーテルの銅像がある。

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    2015.04.02 shirofan さんより

    ついつい復興天守だから入らなくていいかも♪と、ゆめゆめご油断めさるるな。天守内の展示に、西大手門で使用されていたくぐり戸の戸板の展示がある。小さな現存遺構といっていい。ちなみに戸板に付けられた釘隠しは復元だ。

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