生瀬城
兵庫県西宮市生瀬字城山
 


小ねたチェックリスト
[  ]内はネタをお寄せいただいた方のお名前です。

  • 兵庫は、織田と毛利に挟まれた不安定な土地で、この時代の摂津、播州の在地領主は戦国期の生き残りをかけて離合集散を繰り返した。生瀬城も例外ではなく織田方との戦闘が幾度もあったと史書は伝えている。現在は城があったことを思わせるのは、地名の城山と縄張りの地形のみだが、たくましく生き抜く播州武士の息づかいが聞こえてくるようだ。
    [尼子冬久 E-mail:cbf53420@pop02.odn.ne.jp (99.0827)]

  • 地元の古老も知る人は少ない城跡ですが、この辺りは毛利につくか織田につくかで揺れ動いた地域で生瀬城は最終的に毛利についた赤松氏流の三木城主別所長治の最前線の城となりました。
    [尼子冬久 E-mail:cbf53420@pop02.odn.ne.jp (99.0826)]

  • 丹波の波多野も含めてこの辺りの領主はどちらにつくかで、一族の存亡がかかる難しい土地でした。近辺の山々には数多くの城跡がありますが、毛利についても地獄、織田についても地獄の悲しい物語が多くあります。今は誰に知られることも無く、雑木が生い茂ってますが、そういう城跡こそ、必死に生きようとしたその当時の人々の息吹が伝わってくるようです。
    [尼子冬久 E-mail:cbf53420@pop02.odn.ne.jp (99.0826)]

  • 歴史:一説には「室町後期に宇都宮頼綱が城」という記述がありますが、戦国期には赤松氏流三木城主別所長治の東の最前線基地として機能。「生瀬の歴史」には城主を三木番次郎として記述してあるが、兵庫県教育委員会が調べた内容では、それは三木城から来た番兵との調査結果がある。 城主は安田某との説もあり。
    [尼子冬久 E-mail:cbf53420@pop02.odn.ne.jp (99.0827)]

  • 交通[鉄道] JR福知山線、生瀬駅から大和田橋をへて、蓬莱峡に向かうと左手に赤子谷があります。その近辺が城山と呼ばれる生瀬城跡。
    [尼子冬久 E-mail:cbf53420@pop02.odn.ne.jp (99.0826)]

  • 資料:兵庫県教育委員会編纂「兵庫の中世城郭」「生瀬の歴史(昭和32年5月1日発行 著者:松岡孝彰)」。
    [尼子冬久 E-mail:cbf53420@pop02.odn.ne.jp (99.0827)]

  • グルメ「三田屋本店」神戸市北区のステーキ屋。
    [尼子冬久 E-mail:cbf53420@pop02.odn.ne.jp (99.0827)]

  • 宿泊:特になし。有馬温泉や宝塚温泉は近い
    [尼子冬久 E-mail:cbf53420@pop02.odn.ne.jp (99.0827)]

  • 歴史スポット木之本神社。嘉吉の乱後の赤松一族郎党が追いつめられて200余名が自刃した所といわれ、自刃場所に碑が建っています。
    [尼子冬久 E-mail:cbf53420@pop02.odn.ne.jp (99.0827)]

 

 


 
 
 
 
今すぐ小ネタ投稿
お城INDEXへ戻る 検索 Mail HOMEへ
Copyright Yasuyuki Oka. All rights reserved.