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所在地:新潟県上越市中屋敷 遺構:郭跡、井戸跡、土塁 見所:郭跡、毘沙門堂、林泉寺など 区分:山城 城主:長尾氏、上杉氏 築城年代:永世年間〜 |
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| 上杉謙信の城。難攻不落の山城とよばれ、とにかく天然の要害。山城といえば、尼子氏の月山富田城、朝倉氏の一乗谷城、浅井氏の小谷城などと名城があるが、春日山城は月山富田城級の堅城と言われている。標高182mの鉢ヶ峰山頂にあったこの城に建物はすでにないが、井戸跡や多数の曲輪、復興の毘沙門堂が残る。
永世年間に、越後の国守で上杉氏の守護代、長尾為景が直江津が守りに弱いことから、春日山に築城したのがはじまり。為景は謙信(長尾景虎)の父で、謙信の代になって関東管領の上杉憲政の家督をつ継ぎ、上杉謙信と名を改める。それから29年、春日山城を拠点に、川中島の戦いなど合戦を繰り広げることになる。1578(天正6)年、謙信が病没し景勝が上杉家を相続、春日山城にて約20年居城した。このとき、山上の生活が不便になり次第に山麓に建物が移っていき、山城が機能しなくなる。1598(慶長3)年、景勝は秀吉の命により会津若松に移封になり、あとに堀秀治が入封したが、その子、忠俊の代に山城からより便利な福島城に移り、春日山城は約100年あまりの命を終え廃城となった。 上杉氏の菩提寺、林泉寺に残る門は、春日山城の城門を移築したものといわれ、在りし日の春日山城がしのばれる。今も険しい春日山には謙信時代まで多数の曲輪、重臣たちの館跡が残り、この城がいかに堅城だったかが、うかがえる。 |
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