写真:岡 泰行

人吉城の歴史と見どころ

中世から明治まで、人吉城(ひとよしじょう)を拠点に約700年にわたり球磨地方に君臨した相良氏。これだけ長きにわたって居城を変えなかった大名領主は、全国で見ても相良氏のみである。

鎌倉時代初期の1198(建久9)年、源頼朝の命によりこの地に下向した相良長頼は、それ以前にこの地を所領していた平頼盛の代官、矢瀬主馬助を滅ぼし人吉城に入城したという。そして城の改修に取りかかるがその際、三日月模様を持つ石「繊月石」が見つかる。これに倣い、繊月城が異名となった。

相良氏は、薩摩・日向へと至る要所であるこの城を拠点に、まわりの北原氏、島津氏、名和氏などと争いながら勢力を確保し続けた。第20代当主、義陽は1581(天正9)年、島津氏に降伏・臣従したが、その直後、阿蘇氏の重臣であった甲斐宗運との響野原の戦いで討ち死にしてしまう。家督を継いだ頼房(後の長毎)は、島津氏にしたがって九州各地を転戦する。1587(天正15)年、豊臣秀吉の九州攻めがはじまると抵抗した後に降伏。人吉の地は安堵された。

関ヶ原の戦いでは西軍について大垣城を守っていたが、西軍敗退を受け義兄弟の秋月種長、高橋元種とともに東軍に寝返り、徳川家康から領地を安堵されている。

1862(文久2)年、城下の鉄砲鍛冶、恒松寅助宅から出火した火事は大火となり、人吉城内外の多くの建物が被災した(寅助火事)。明治を迎え、1871(明治4)年の廃藩置県により廃城となった。その後、1877(明治10)年の西南戦争では西郷軍の拠点となり、官軍の攻撃で多くの建物が焼失した。

1961(昭和36)年、国指定史跡となる。それ以前から「人吉城公園」として整備が進んでいたが、1989(平成元)年には隅櫓が、1993(平成5)年には大手門脇多門櫓などが復元されている。

中世期の人吉城は、東南部の「原城跡」を含む複数の郭を持つ、いわゆる群郭式城郭であったと考えられている。義陽のころから1639(寛永16)年まで、何度かの中断をはさみながら大改修が行われ、球磨川と支流の胸川を天然の水堀として利用し、石垣を用いた近世城郭となった。本丸には天守はなく、護摩堂と呼ばれる二階建ての建物があり、二の丸に藩主の御殿が置かれていた。

幕末に行われた改修では、現在も水ノ手門跡と御下門跡に残る武者返しの石垣が取り入れられている。この「武者返し」は、熊本城のような美しい反りを持つ高石垣ではなく、石垣の上部にはね出しを取り付けたものだ。これは五稜郭(函館市)や品川台場(東京都)でも使われた西洋式のものである。

人吉城の水ノ手門跡
球磨川に面した水ノ手門跡。この奥に年貢米を収める大村米御倉があった。

人吉城の西洋式はね出し
五稜郭など、幕末の城に見られる西洋式はね出し(武者返し)。

人吉城二の丸から城下を望む
二の丸からは三の丸越しに見える城下町と、盆地を囲む山々を眺め渡せる。

人吉城の多門櫓
平成になって復元された大手門脇の多門櫓と、それに続く約150mの長塀。

人吉城歴史館

人吉城の発掘調査で出現した井戸つきの地下室(家老相良清兵衛の屋敷跡)がそのまま展示されている。そのほか城のジオラマ模型、別称の由来となった「繊月石」など、人吉城、相良氏、人吉藩に関する資料などの展示もある。人吉城歴史館は9:00〜17:00(入館は16:30まで)、毎月第二月曜日休(祝日の場合は翌日)、12月29日〜1月3日(年末年始)も閉館。

人吉城多門櫓

人吉城多門櫓(復元)の内部で、人吉城の絵図、発掘された出土品などが展示されている。人吉城多門櫓は9:00〜17:00(入館は16:30まで)土・日曜日、祝日のみ無料見学可。

人吉城の撮影方法

胸川際に建つ人吉城、胸川の対岸からの風景が土塀も写り風情が良い。涼しい風景撮影するときは、川面に映える姿も美しいのでフィルター使いも工夫したいところ。人吉城内の散策では、石垣の隅部をうまく構図入れて石垣の美しさを捉えてみよう。

人吉城の写真集

城郭カメラマン撮影の写真で探る人吉城の魅力と見どころ「お城めぐりFAN LIBRARY」はこちらから。

人吉城の関連史跡

熊本城宇土城(宇土市)、八代城、(八代市)、佐敷城(芦北町)、富岡城(苓北町)は押さえておきたい。
人吉近郊には、上村城、岡本城(以上、あさぎり町)、湯前城(湯前町)などがある。

人吉城のおすすめ旅グルメ

球磨焼酎

人吉名物、最初に挙げたいのは球磨焼酎。隣県・鹿児島の芋とは違い、米を使ったものがほとんどだ。「繊月」「武者返し」など人吉城にちなんだものなど、28の蔵が個性を競い、1995(平成7)年、WTO(世界貿易機関)の地理的表示の産地指定を受け国際的ブランドとして保護の対象になっている。

温泉旅館で「鮎」が楽しめる。清流球磨川の天然鮎は、身がしまり独特の風味がある。生鮎、焼鮎、うるか、粕漬などいろいろな調理法で食してみたい。ホテルなどでは鮎の懐石料理も味わえる。

人吉城の史跡めぐりにこだわる最適なホテル

人吉温泉

球磨川沿いに50の泉源を持つ人吉温泉。弱アルカリ単純泉とナトリウム炭酸水素塩泉との2種類があり、人吉城観光、焼酎蔵めぐり、球磨川下りと合わせて観光の目玉となっている。10数軒の温泉宿・ホテルや立ち寄り湯がある。そのほか、一般のホテルも数軒ある。

人吉城のアクセス・所在地

所在地

住所:熊本県人吉市麓町 [MAP] 県別一覧[熊本県]

電話:0966-22-2324(人吉市教育部 歴史文化課 歴史文化係)

開館情報

人吉城跡は散策自由。人吉城多門櫓は9:00〜17:00(入館は16:30まで)。休館日毎月第2月曜日(祝日の場合は翌日)、12月29日〜1月3日。

アクセス

鉄道利用

JR九州・肥薩線人吉駅下車、徒歩25分。

マイカー利用

九州自動車道人吉ICから約10分(6.8km)。無料駐車場有り。乗用車50台。

城ファンの気になるところ (3)

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    球磨川とその支流胸川を天然の堀としており、清流と石垣、古写真を元に復元された櫓や長塀と景観などのマッチングは抜群の雰囲気を醸し出している。

    ( 林田公範)

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    城跡のみの見応えを追い求める人には、少し物足りなさを感じるかもしれないが、川下りで有名な球磨川、町並み、連なる山々などと合わせて風情を満喫したいならオススメである。

    ( 林田公範)

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    35代、670年にわたりる相良氏の居城である。相良氏五代、長頼の頃に城の拡張工事を行った際に、三日月紋の入った奇石が見つかったため、別名繊月城とも呼ばれている。

    ( 林田公範)

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