月山富田城

住所:島根県安来市広瀬町富田 / 島根県 / 城ファンチェック: 7

写真:岡 泰行

開城時間開城時間

月山富田城は、山城。ハイキングコースが整備されており常時、登城可能。いくつか登山道があるので、麓の道の駅「広瀬富田城」の土産物屋で「史跡ガイドマップ 安来市広瀬町」をGETしてから登城しよう!なお、土産物屋と隣接する食事処「藍」は、水曜定休日。営業時間はAM10:00~PM5:00(「藍」はPM9:00まで)。

交通アクセス交通アクセス

鉄道利用

JR山陰本線、安来駅下車、広瀬町行きバス25分「市立病院前」降車、徒歩10分で登山口。山頂まで25分。

マイカー利用

中国横断自動車道米子ICから車で40分、松江市からは南東に車で20分。道の駅「広瀬富田城」を目指す。約50台無料駐車場有り。

文献資料文献資料

戦国ロマン広瀬町シリーズ戦国ロマン広瀬町シリーズ「史跡ガイドマップ 安来市広瀬町」でハイキングコースを把握できるが、これと縄張り図を併用するのが、大石垣の場所など見落とさないのでおすすめだ。現地で手に入る資料は、広瀬の郷土史家、妹尾豊三郎氏の研究が30年の時を経て復刊された『戦国ロマン広瀬町シリーズ』全10刊がある。このうちシリーズ1『月山富田城物語(680円)』とシリーズ2『月山富田城考(800円)』に、縄張り図が掲載されているぞ。また、尼子の歴史が分かりやすくまとめられたシリーズ3『尼子物語(952円)』もおすすめだ。いずれも麓の道の駅「広瀬富田城」の土産物屋でGETできる。

撮影アドバイス撮影アドバイス

月山富田城で写真といえば、「山中鹿之助幸盛銅像」と、「山中御殿(さんちゅうごてん)」、本丸から堀切ごしに見る「二の丸」の3つが代表格と言っていい。いずれも南向きなので撮影時間に苦労しないだろう(本丸から二の丸は逆光になるので、朝夕どちらかが良い)。また季節は紅葉が綺麗な秋がおすすめ。このあたりの紅葉は毎年11月下旬から12月頭まで。

近郊グルメ近郊グルメ

「広瀬富田城」にある軽食「藍」の天丼麓の道の駅「広瀬富田城」にある軽食「藍」の天丼を。道の駅といっても侮るなかれ、天丼は地元で採れた四季の山菜と海老、揚げる頃合いも抜群の逸品。都会の感覚だとその値が倍はするだろうと思わせる完成された天丼で、地元の人たちも訪れるお店だ。または、1日限定20食の手打ちそば。調理に少々時間はかかるが、山陰にきて「そば」を食べていない人は、ここで是非食してほしい。

宿泊宿泊

松江の宍道湖近くで、温泉宿をどうぞ。ビジネスホテルも含めかなりの数がある。んが、10月は出雲大社のいわゆる「神在月」なので、予約がとれないほどどこも満室になる。余談だが、全国でもう一ヶ所、諏訪大社周辺も神在月とする地域だ。

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尼子氏と毛利氏、そのストーリーを知っていれば、関連武将オンパレードの史跡が月山富田城のまわりに点在する。詳しくは上記マップ参照。お城で有名城といえば、やはり、松江城米子城をセットで攻めよう。

城ファンチェック (7)

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    1998.03.20 りょうさん さんより

    6年前ぐらいですか、あまりにも巨大な山城のため、何処から登ればよいかわからず、撤収してしまいました。広瀬町の資料館(正式名称は覚えていません)に行って聞けば良かった…。ちなみに、絶対車で行った方がいいです。

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    1998.03.20 三郎信長 さんより

    大晦日とあって資料館は閉まっており申したが、本丸まで登り申した。山の麓の駐車場に父・嫁・息子を待たせ一人で行ってきたのでござるが、往復2時間半…。さすが元就をして力攻めを避けさせた、巨大・急峻な山城でござる。山頂にたどり着いた時には、貧血で倒れるかと思い申した。途中にある山中鹿介の銅像はカッコ悪く、とても直視できませなんだ。

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    1998.03.20 藤原百川 さんより

    月山富田城はかなりきついです。自分も大汗をかきました。山麓の千畳敷とかいわれるところに結構石垣が有ったように思います。山頂の三の丸、二の丸、本丸は結構広いです。

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    1999.09.01 団吉 さんより

    城下にある尼子経久の墓を詣で、振り向くと城跡の全景が!手前に千畳敷や山中御殿のある台地状の丘、その後ろに屹立する本丸・二の丸等のある高い山……。しばらくそこに佇み、動くことができませんでした。

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    2000.05.11 民部少輔 さんより

    山麓の金尾という場所にある旧洞光寺跡には墓の基壇や堂宇の遺構が良好に残っています。現在の洞光寺にある尼子清貞、経久の墓は先代の住職がここから墓石を持ってたものです。

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    2012.12.11 まるご さんより

    尼子の子孫は広島県福山市の『富田久三郎』です。富田久三郎は備後絣を発案し、地域の発展に貢献。2012年8月銅像移籍の式典に参加してきました。ちなみに私の祖母・母は、その富田久三郎の子孫であり、尼子の出だと言っていて、信憑性がありそうだからです。(つまり私もですが)叔母は大内家のお姫様が嫁いできた際の手鏡を今でも持っています。富田久三郎時代の家具・骨董品・美術品は、私の祖父、卓治時代の倒産とともに奪われ、家族で地元を離れ借家に住むという180°転換した生活を余儀なくされました。今、富田の跡取りである叔父は、福山市で店舗建築デザイナーをしています。8月の除幕式典でも、富田家子孫として私の母と共に紹介されました。

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    2015.04.17 shirofan さんより

    島根県安来市は5カ年計画で月山富田城跡の整備を2015年から本格的にスタート。木々を伐採して麓からも城の様子が分かるようにするらしい。

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