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名古屋城の石丁場と残石(瀬戸市・長久手市)

名古屋のKさんからのお誘いで、名古屋城築城に関わる石丁場を訪ねました。山中や川辺など、単独では充分に散策できない場所ばかりで、散策メンバーの目で刻まれた矢穴や刻印など、その痕跡を探します。

今回訪れたのは下記の5箇所です。各地に残る石はそれぞれに異なる表情があり、今に残る姿を見てきた一日となりました。掲載写真は代表的なカットに絞っています。

山口八幡社の残石

境内の山口天神の牛石がある(愛知県瀬戸市八幡町)。正月の丑三つ時にこの石が牛に見えると願いが叶うと言われていた。江戸時代は神社入口に置かれていたが、昭和55年(1980)に八幡社に合祀された山口天神に移した。

山口八幡社の石室
参道右手に山口八幡古墳の石室があり、その天井石を切り出したものが残石となった。

山口天神の牛石(名古屋城残石)
石は長さ2.1mで、約10cmの矢穴幅の矢穴列痕が四方に走る。付近には大津城跡にも残石があるらしい。

海上川採石丁場

海上川採石丁場の風景
猿投山の南西麓の「海上(かいしょ)の森」にある(愛知県瀬戸市海上町)。海上川の河床を210mほど痕跡を探し遡った。写真は海上川の様子。右手に矢穴列痕のある石が見える。

海上川採石丁場の刻印
海上川の残石は5~7cmほどの矢穴幅が多く、10~12cmものは少数だが残されていた。写真中央の石前面の白く乾いた部分に、井桁の刻印が確認できる。

海上川採石丁場の残石
同所の河床風景。矢穴列痕のある石。

石樋の石丁場

石樋の滝
石樋の滝に足を運んだ。「石樋の滝」は瀬戸市指定の名勝だという(愛知県瀬戸市水北町)。

石樋の石丁場の刻印石
この河床に「□に大」の刻印がある(写真上)。この石丁場の記録は文献では存在せず、この刻印から福島正則配下の石丁場だといわれている。

石樋の石丁場の残石
同所に点在する矢穴列や矢穴列痕が残る石。

東谷山採石丁場

東谷山散策路
濃尾平野の東端に位置する東谷山は、志段味古墳群と呼ばれ、約50基の古墳が築かれていた。東谷山散策路から石丁場にアクセスする(愛知県名古屋市守山区)。

東谷山採石丁場
その散策路の西斜面に多少の残石がある。おそらくは古墳の石材も運んだのだろう。これは不要だと判断したかのように、風化した花崗岩の矢穴石や整形後の破片かと思われる石が点々と残る。

香流川猪鼻堰跡残石群

香流川猪鼻堰跡残石群
水が勢いよく落ちる様から、猪の鼻とその名が付いた。この堰の両岸に残石が密集している(愛知県長久手市岩作)。


河床に降りる。矢穴痕のある石や、写真では見えにくいが右手の巨石に「○に□」(銭)、正面の石に「八」の刻印がある。ここは『長久手市猪鼻堰跡残石群測量調査報告』等に掲載されている。

石作神社
写真は石作神社。石作氏は石材加工を職とし、古くは石棺などを献上していたらしい。

石作神社の残石
写真は石作神社にある残石。写真中央下に矢穴痕がある。御神体として祀られている。

香流川付近の残念石
香流川周辺には残石が残る。香流川をさらに下ると、公園西駅付近の3ヶ所に残石があるが、これはまたの機会に。