写真:岡 泰行

【城郭カメラマン撮影】

甲府城の見どころと歴史
甲府城の見どころと歴史

甲府城は内堀の一部が、2022年から4年をかけ発掘調査の上、当時の景観に復元する。甲府城の石垣が切り出された「愛宕山石切場跡」も合わせて整備される。

甲府城は甲斐府中城ともいう。府中とは国の中心という意味。余談ながら新府は、新しい国を意味しているかもしれない。

甲府城の周辺関連史跡
甲府城の周辺関連史跡

山梨県防災新館建設地から出土した甲府城の内堀の石垣が、山梨県防災新館の地下1階に保存展示されているぞ。

甲府城のおすすめ旅グルメ
甲府城のおすすめ旅グルメ

「小作」ほうとう屋。甲府駅北口と南口あたり。
[nisi (1999.05.26)]

甲府城の史跡めぐりにこだわる最適なホテル
甲府城の史跡めぐりにこだわる最適なホテル

甲府駅から徒歩すぐ、甲府城の西隣に「サンパークホテル内藤」があったが、小さな窓は全開せず甲府城の撮影は困難だった。その後、2020年に「城のホテル甲府」が建物も刷新しオープンした。「城のホテル甲府」は、シングルは駅側でお城側はダブルルームかツインルームとなる(客室は12階が最上階)。展望露天風呂はお城側にあり、甲府城と天気が良ければ富士山が見られる。お城側の客室からは甲府城が見下ろせるのだが、天守台まで綺麗に見渡そうとすれば目では確認できるが、その角度から写真撮影は困難なレベルで窓ガラスには強化網も入っていてほぼ撮れない。だが同ホテル13階には、城が見られるヒストリアラウンジ湯殿がある(露天風呂での一般の撮影は許されていない)。また、ヒストリアラウンジ湯殿の奥には展望デッキがあり、そこからは甲府城の天守台を見おろすことができ撮影が許されている。

また、「東横イン甲府駅南口1」の上階西よりの部屋からも眺望が良い。ただ、目の前右手にビルがあり、部屋によってはギリ、天守台の右端が見切れる可能性がある。また、高さ的にはよく似たものなので、見おろすというよりかは、横から見る的な絵となる。

甲府城のアクセスと観光情報
甲府城のアクセスと観光情報

所在地

住所:山梨県甲府市丸の内1丁目 [MAP] 県別一覧[山梨県]

鉄道利用

JR中央本線、甲府駅下車、南口から徒歩3分。

甲府城の旅のチェックリスト (7)

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    ここ10年でようやく本腰を入れた調査が行われ、その結果幾つもの新しい発見、発掘品がでてきました。その中でも白眉なのは、金箔瓦の出土−大きさから比較すると松本城以上とか…地方紙には大阪城クラスなんてことも…しかしこれは、この瓦が天主閣のものならばの話なのです。なにせ甲府城に天守閣があったかがいまもってわからず、県でも、情報を欲しがっているのが現状です。今も大規模工事中ですが、大そとの石垣を組み直し白壁も修復して、見違えました。

    ( nisi)

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    武田氏滅亡−徳川氏築上着手−加藤光泰−浅野長政・幸長父子により、1600(慶長5)年までには、ほぼ完成をみたようです。1706(宝永3)年柳沢吉保が造営−27年大火。

    ( nisi)

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    2004年に稲荷櫓、2007年に山手御門・山手門が復元されました。

    ( 左近)

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    大阪城に御金蔵がありますが、実は甲府城にもあったらしいです。御金蔵があった城は江戸・駿府・甲府・大坂の幕府直轄地のみの珍しい施設です。

    ( 若旦那)

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    「武田氏滅亡−徳川氏築上着手−加藤光泰−浅野長政・幸長父子により、1600(慶長5)年までには、ほぼ完成をみたようです」については、家康の甲府城普請の古文書がありこの様な見解を取られておられる方もおりますが、家康古文書の内容はよく吟味する必要があるとの見方もあります。羽柴秀勝が出した古文書で実際に普請が進められた事をうかがえる物があり、一般的にはこれが築城開始とみなされています。

    ( 甲府城御案内仕隊員)

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    2013年1月鉄門(クロガネモン)が復元されました。ご覧になってください。

    ( 甲府城御案内仕隊員)

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    甲府城の追手門の礎石が、2015年9月、県庁敷地内から見つかった。明治9年頃に解体されて後、その場所や規模が明確でなかった。埋め戻して保存する予定とのこと。

    ( shirofan)

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