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藤堂高虎の残念石を求めて、木津川の「開キ浜」を訪れました。この場所は訪れるのに難易度が高い場所です。木津川の河原は広大で、また夏は背丈ほどの草が生い茂るため冬期限定、石は窪地にあるため見通しが利かず場所を知ってなければたどり着けません。木津川の東岸、開橋の南に位置します。2025年3月現在、写真はネット上では希少な1枚です。
幕末の海軍操練所跡とは 神戸市中央区新港町に位置する海軍操練所跡は、旧生田川が運んだ土砂の堆積によって形成され …
大阪城の石垣に刻まれた刻印について、その現在地を壁面番号ごとに整理したページを公開しました。 『大阪城の石垣刻 …
和歌山城は天正13年(1585)、豊臣秀吉の命で秀長が紀ノ川河口の虎伏山に築いた城。関ヶ原後は浅野幸長が改修し、元和5年(1619)からは紀州徳川家の居城となった。緑泥片岩を用いた石垣や岡口門、復元天守などが見どころ。このページでは、その歴史や構造、主な遺構や見どころを紹介する。
大和郡山城は天正8年(1580)、筒井順慶が本拠を筒井城から郡山へ移したことに始まり、豊臣秀長や増田長盛の改修で城郭が整えられた。奈良盆地北西端、西ノ京丘陵南端に築かれた平山城で、三重の堀と石垣が城の骨格を形づくる。復元追手門や天守台、桜の景観も見どころ。このページでは、その歴史や構造、主な遺構や見どころを紹介する。
大阪城は、石山本願寺・豊臣大坂城・徳川大坂城という三つの時代を重ねて受け継がれてきた城だ。上町台地に広がる巨大城郭には壮大な石垣と縄張が残り、地下には豊臣期の遺構も眠る。豊臣石垣館をはじめ、多彩な見どころと撮影スポットとともに、その歴史と魅力を紹介する。
竹田城は嘉吉年間(1441〜1443)、山名持豊の被官・太田垣氏により築かれたと伝わる山城。播但街道と山陰街道を押さえる古城山に築かれ、三つの尾根に連なる曲輪と野面積み石垣が壮観だ。雲海に浮かぶ景観でも知られる。このページでは歴史、縄張と石垣、雲海撮影の見どころを豊富な写真とともに紹介する。