写真:岡 泰行

【城郭カメラマン撮影】

小田原城の見どころと歴史
小田原城の見どころと歴史

北条氏の本拠、巨大要塞、小田原城の歴史を紐解く

北条氏の本拠、巨大要塞、小田原城。相模国(神奈川県)の西端にあり、南は相模湾、西は箱根連山、その山を隔てて駿河国(静岡県)と接している。東国と西国を結ぶ主要な幹線道であった東海道に沿い交通の要衝でもあった。海と山を天然の要害とし小田原城は建てられている。小田原城の秘密に迫る歴史を紹介。

小田原城の書籍や現地資料館など

小田原城の書籍は、市内の書店等に小田原市史別巻『城郭』が売っています。小田原城の歴史・縄張・絵図・古写真・解説等が豊富に載っています。お城でもらうパンフレットより詳しい情報が欲しい方、お勧めです。古文書の類はほとんど神奈川県の文書館や博物館にあるようです。城の中は武器や調度品、地元の民芸品が主でしょうか。また、意外に観光客に知られていませんが、二の丸のほうに、小田原の民俗資料館があります。そこでは、刀剣などが、無料でみられます。そのほかにも壺など小田原の歴史関連の物が展示してあります。 そして、「歴史発見館」では小田原評定の場面が蝋人形の演技で見られます。小田原城をバックにプリクラがとれます。実物大の禄寿応印が押せます、などなど。本格的に研究したい人にはちょっと物足りないかもしれないですが、いろんな意味でけっこう楽しいですよ。ちなみにこの建物の監修は小和田哲男さんだそうです。(投稿者:かやきひかる・村松成高・なべっち)

小田原城の撮影方法
小田原城の撮影方法

八幡山古郭東曲輪からの眺め天守は東南からの撮影が良い。つまり午前中が順光で綺麗に撮れる。その他、城門など主要な見所は午前中の撮影が良い。または、近年、整備された八幡山古郭東曲輪から、小田原城天守閣と、相模湾の眺望を。こちらは早朝であれば朝日とセットで、夕方であれば、順光の撮影が望める(詳しい場所は上記Googleマップ参照)。

小田原城天守閣は、約9億9千万円をかけて耐震改修工事を行い(2015年7月から2016年4月末)。2016年5月にリニューアルオープンした。リニューアル後の外観は、壁の白さが際立ち、高欄と避雷針など一部が変更されている。最近の自治体の傾向として、リニューアルした天守は、リニューアル後の写真しか認めないケースがあり、小田原城もそうである。気持ちは分かるが、リニューアル前に撮られた写真を用いないとなると、今後、メディアに露出する天守写真は、白い壁と青空といった、統一されたビジュアルばかりになってしまい絵的には単調なものが続くことになる。姫路城も修復後は白さ訴求が目立ったがそれ以前の写真は否定しなかった。小田原城天守には本来、沢山の情景がある。写真の持つリーチ力を考慮に入れていない気がしてならない。知名度の高い城だけにちょっと残念な気がした。是非、多彩な光を持つ小田原城天守閣をいろいろな媒体で扱ってほしい。

小田原城の周辺関連史跡
小田原城の周辺関連史跡

元禄4年(1691)、ドイツ人医師ケンペルは、小田原城の城下町と天守について次のように触れている。「町の外側には門と番所があり、町筋は清潔でまっすぐに延び、そのうちの中央の通りには特に道幅が広い。郭外の町を含めると、半時間では通り過ぎることができない。およそ1000戸ぐらいの家々は小さいけれども、小ぎれいで、大抵白く塗られていた。多くの家は方形の土地に小さな庭園を設けていた。城(小田原城)には、新しい三重の天守閣があって人目をひき、これは城主の住まいであって山麓に点在する寺院などと共に、町の北部にある。この土地は近くに海があるが、小売店には品物が少ない。これはこの町が商業や手工業にかかわりがない証拠のように思われた。」(『江戸参府旅行日記』(平凡社)より)

『江戸参府旅行日記』でケンペルは、そのほか小田原領内に入り城下に至る風景など小田原という土地を描写しており、小田原城下町の整頓された町の美しさを垣間見ることができる。こういった小田原のディテールは現在の町から感じ取ることは困難だが、海やその台地、そして天守が変わらず見られると思えば、八幡山古郭東曲輪や天成園小田原駅別館14階テラスなどの高所から、城と城下を遠望するとこれに多少符号する風景が得られ、まるで当時の姿に近づくかのように小田原という町が好きになる。

城下に点在する史跡

小峰大堀切市民会館近くの鐘楼をお見逃しなく。この石垣は三の丸大手門のものを使ってます。また、小峰大堀切(左写真)は多少歩きますが、その希望が壮大で一見の価値があります。これは小田原城惣構えの堀切の跡で一部は埋まっているが幅などからその規模を想像できます。そのほか、小峯御鐘ノ台大堀切東堀、早川口遺構、蓮上院土塁などにも惣構え遺構が残っています。戦国北條氏が好きなら、氏政・氏照墓、松原神社、北条稲荷もご覧ください(詳しい場所は上記Googleマップ参照)。北条氏政・氏照の墓所車なら石垣山一夜城跡へ。徒歩の方はおしゃれ横町の氏照・氏政墓へ。この墓は市街地の中で結構わかりにくい場所。また、北條稲荷は氏政の建立。水の尾毘沙門天、松原神社も北條家縁。松原神社には氏康縁のお守りも売ってます。また、箱根湯本の早雲寺は北條家五代の墓があります。(投稿者:氏綱・NSカトー)

小田原城のおすすめ旅グルメ
小田原城のおすすめ旅グルメ

本丸茶屋は、小田原丼武将茶漬、早雲うどん等北條氏に関わるメニューを準備しています。 または「田毎」そば屋。馬出門土橋の近くでざるそばがうまい。そのほか「伊正利王爵」イタリア料理。新鮮な肉や魚介類を使ったスパゲッティー(パスタ)、クリームチーズ巻などが絶品。大工町交差点近く。ラーメンではあっさりした醤油味の「十三(とさ)」。韓国料理では「梨花園」タン塩、カルビと最高の味だそうな。(投稿者:氏綱・NSカトー)

小田原城の史跡めぐりにこだわる最適なホテル
小田原城の史跡めぐりにこだわる最適なホテル

長く小田原城天守閣を遠望するホテルが無かったが、ここ最近に下記2ホテルが誕生し眺望が愉しめるようになった。「東横INN小田原駅東口」と「天成園小田原駅別館」について紹介。

小田原城天守閣が望めるホテル2選

東横INN小田原駅東口

「東横INN小田原駅東口」は、2018年オープンのビジネスホテル。8階と9階の各階3室の窓から小田原城天守の眺望が得られる。8号室の眺望が最も良く、次いで6号室、4号室となっている。

天成園小田原駅別館

「天成園小田原駅別館」は2020年12月オープンのホテル。小田原駅直結の複合施設内の10階〜14階にある。このうち客室は10階〜13階で、14階はレストランに加え誰でも利用できるテラスと足湯があり、そこから小田原城天守閣を観ることができる。客室から小田原城天守閣が見られる部屋は全187室のうち、南東角にあるデラックスツイン3部屋(11階・12階・13階)でこちらの眺望もワイド感があって良い。

小田原城のアクセスと観光情報
小田原城のアクセスと観光情報

所在地

住所:神奈川県小田原市城内6-1 [MAP] 県別一覧[神奈川県]

電話:0465-23-1373(小田原城総合管理事務所)

開館時間

小田原城天守閣

AM9:00〜PM5:00(入館PM4:30まで)
休館日:12月第2水曜日・12月31日〜1月1日
入館料:天守閣単独券
(個人)一般510円、小中学生200円
(30人以上の団体)一般410円、小中学生160円

常盤木門との2館共通券

(個人)一般610円、小中学生220円
(30人以上の団体)一般500円、小中学生180円

常盤木門SAMURAI館

AM9:00〜PM5:00(入館PM4:30まで)
休館日:12月31日〜1月1日
入館料:常盤木門単独券
(個人)一般 200円、小中学生 60円
(30人以上の団体)一般160円、小中学生40円

天守閣との2館共通券
(個人)一般 610円、小中学生 220円
(30人以上の団体)一般500円、小中学生180円

※小田原城址公園内本丸広場 常盤木門2階展示室

※そのほか公園内散策自由。

アクセス

鉄道利用

JR東海道本線、小田原駅下車、徒歩10分。 この城の最大の強みは交通の便の良さにあります。関東での近世城郭と言えば、皇居を除けば東京から最も近い。新幹線で30分、それじゃ旅行気分がしないという方は踊り子号で約1時間。そんな運賃払えないという人は小田急ロマンスカーで1時間30分。

マイカー利用

小田原城址公園には、一般駐車場は無く、周辺の有料駐車場を利用する。

小田原城の旅のチェックリスト (21)

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    小田原城で復元工事が進められて昨年度完成した銅門のまわりの公園化工事が現在進んでおります。4月完成予定のようです。ちなみに、銅門は発掘調査の結果と、江戸時代の絵図と明治初期にFar East誌に掲載された写真をもとに復元されています。

    ( あぐい)

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    本丸、天守の下の広場にはなんと動物園がありました。と言っても、せいぜいヤギとかアヒル程度の、小学校で飼ってる動物でしたけど。天守閣と動物のオリの取り合わせはなんかとっても変な感じでした。

    ( 長利智祐)

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    毎年5月3日に「北条五代祭り」が行われます。仮装行列もあって、歴代の当主はもちろん家臣や姫様までいます。氏照を八王子市長がやってたり忍城があった寄居町の旗指物があったり、北条氏の縁で結ばれた町が今でも交流があることにちょっと感動しました。

    ( かやきひかる)

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    二の丸大手門ともいえる銅門桝形と渡櫓、塀が復元されました。関東大震災で石垣が崩壊してから75年目の復元です。震災で崩壊した城の勇姿の一端が復元されました。

    ( 村松成高)

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    歴史見聞館には将来の小田原城復元計画(構想図)があります。つぎは二の丸御屋形の表面表示でしょうか。少しずつ復元されていく小田原城は一回だけ行くのではなく、何年か毎に行くと復元が進んでいてなかなか良いですよ。

    ( 村松成高)

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    二の丸周辺には、春になると桜の花が、お堀沿いに咲き乱れ、とても綺麗です。もちろん本丸にも咲きますが、象の糞の臭いが漂ってくるのでちょっとゆっくりはできないかも?(笑)

    ( なべっち)

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    小田原城では確か500円くらいで甲冑を着せてくれて、なおかつ写真撮影を城内でしてくれます。係のおじ様たちはとても親切で撮影スポットも教えてくれます。他のお客さんたちがイベントと勘違いをして、写真を一緒にとらせてとせがまれたりして、ちょっとしたモデル気分になれますよ!甲冑の種類が幼稚園児位から大人まで3種類あるので家族でも楽しめると思います。

    ( 森走丸)

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    小田原城で甲冑を着ての写真撮影は大人200円で子供はなんと100円でした。とても安くて大満足しました。

    ( 平成侍)

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    天守一階に天守雛形が二基展示されています。解体中の天守古写真との比較で、いずれも旧天守のものではなく検討用のものと思われていますが、失われた天守の雛形はここと大洲城のものしか存在せず大変貴重なものです。

    ( 氏綱)

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    ミシュラン?に箱根が載ったらしくこの城にも外国人が多い。平成になって増築がすすみ、巨大城郭の貫禄がでてきた。天守閣展望台からは箱根関東遠州灘が望め戦国のお殿様になった気分だよ!

    ( PRADA)

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    平成21年4月に馬出門が公開されました。常盤木門〜銅門〜馬出門と続く、江戸後期の小田原城正規登城ルート整備計画に沿って、今後は馬出曲輪の整備に入る様子です。

    ( NSカトー)

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    小田原駅西口の八幡山には、旧小田原城(北條氏康初期までの本丸)の城跡がみられ、特に小峰に代表される大堀切は必見の価値です。

    ( NSカトー)

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    銅門には3・4・5・9・10・11月の日曜日に北條手作り甲冑隊が出陣してます。記念写真の撮影サービスをしてくれます。もちろん無料です。

    ( NSカトー)

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    明治維新での廃城令により、一度は破棄されましたが、昭和30年代に天守閣を復興。ただし正確な絵図などはなく、古写真を基に復元されたそうです。

    ( NSカトー)

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    有名な北條氏は1590年に移封され、大久保氏、稲葉氏ら徳川の重臣が入城するようになります。徳川系初代小田原城主である大久保忠世を祀る大久保神社が今もあります。

    ( NSカトー)

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    この城が復興されるとき小田原市民はこの城の屋根瓦裏に名前を記入して資金寄付したものです。

    ( たけちゃん)

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    広場にあった動物園には最初ライオン、像、クジャク、さる、なんかが飼われていて像のウメコさんは長生きで新聞に載って有名でした。私はクジャクが羽を広げているところが好きでした。

    ( たけちゃん)

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    小田原城の公園敷地によく女優の藤谷美和子さんがいらっしゃいますよ。
    朝と夕方の時間帯にいることが多いですね。

    ( ゆり)

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    小田原久野に北条幻庵の庵跡があります。久野保育園のすぐ前です。

    ( かたちゃん)

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    小田原城はほかの日本の城と少し違うところがある。なんと城下町全体を壁で囲っていたのだ。ヨーロッパの城に発想が似ているが、この日本唯一の城郭都市の構造、総構えと呼ばれるこの構築物によって、他の侵入を許さなかった。かの上杉謙信、武田信玄、豊臣秀吉も真っ向から攻めると必ず敗れたという。

    ( 秀吉)

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    治承4年(1180)、源頼朝が伊豆に挙兵しその際、戦功のあった小早川遠平が小峰山に居館を構えたのがその始まり。応永23年(1416)に乱があり、この一族は失脚する。その後、大森氏が入り、城郭を拡張、明応4年(1495)、伊豆の韮山城の北条早雲によって小田原城は奪われ、以来、氏綱、氏康、氏政、氏直と北条氏の本拠地となる。この北条時代の間、拡張につぐ拡張で城は総構えを持つに至る。

    城というとその立地条件がものを言うが、小田原城は、東海道から関東への入り口で、関東を征したい秀吉にとって、非常に邪魔な存在だったに違いない。天正18(1590)年の小田原討伐後は、この大城郭は取り壊され小規模な城になり、大久保氏、安部氏、稲葉氏と城番が置かれ、1686(貞享3)年、再び大久保氏が入封し明治を迎える。

    天守は明治になって取り壊された、今は復興天守が建つ。早雲が牛の角に松明をつけ夜襲をかけるという奇策を用いて城を奪ったというエピソードは有名。謙信9万6千、信玄2万5千もはねのけ、秀吉が小田原城から見えるところに石垣山一夜城を短期間で築城し、北条勢にその力を見せつけ開城させたことなどから、いかに小田原城が難攻不落だったかが分かる。今も総構えの一部など小田原の各所に点在している。

    ( 秀吉)

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