彦根城の構造と見どころ

彦根城、随所に残る外堀の名残

彦根城の外郭の守りといえば、城の南側にある芹川だ。善利川とも言う。もとは河原三丁目から北上し松原内湖に注いでいたが、1603年(慶長8年)に井伊直継により城下町と南の守りを重視し琵琶湖に向かって西進するかたちに付け替えた。現在、やや蛇行した花しょうぶ通りを行くと、河原町という町名がある。これは善利川の名残とする名称とも考えられており、その通りが本来の川筋ではないかと言われている。

芹川(善利川)
芹川(善利川)の写真。築城時の川幅は約22mで、洪水により後に約15m拡幅された。堤防を強化するためケヤキが植えらている。そのケヤキも現在、樹齢400年。並木道となっている。

その後、善利川の内側に内堀、中堀、外堀と三重の堀が造られた。三重の水堀は湖水による舟運を重視したかたちで松原内湖に通じ松原湊を経て琵琶湖に通じていた。外堀は元和8年(1622)頃に完成し、その長さは旧松原内湖から城を囲む総延長約3.8kmの規模だった。

彦根城の外堀は埋め立てられ当時の姿を見ることは叶わない。かつての外堀には切通口、油懸口、高宮口、池洲口、中薮口、長曽根口、松原口の7つの城門があり2017年には外堀の城門のひとつ切通口御門跡から礎石と石垣の一部が出土した。市街地化された外堀跡を歩くと、暗渠や用水路といった形でその形をとどめ随所で確認することができる。ここではいくつかそのスポットを紹介する(いずれも詳しい場所はGoogleマップ参照)。

彦根城外堀土塁
外堀土塁の規模は、高さは内側約5.5m、外側約6~7m、台形の上部の幅約4m、基底幅約18m、堀の幅は約16m。山ノ湯裏手土塁と呼ばれ、土塁に石が散在しているがこれは城のものではなく、銭湯「山の湯」の庭石だ(彦根市中央町7-40付近)。

彦根城外堀遺構
金亀会館(藩校弘道館の講堂)東に残る外堀跡。用水路となっており右側に外馬場公園があり、かつての掘の幅が実感できる(彦根市中央町3-46付近)。

彦根城外堀遺構
民家に残る外堀石垣と湧き水(彦根市錦町1付近)。

彦根城外堀遺構
外堀の石垣(彦根市城町2丁目15付近)。

(文・写真=岡 泰行)

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彦根城

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