金亀会館(旧彦根藩校弘道館講堂)
旧彦根藩校弘道館講堂が東の外堀跡付近に移築され残っている。創建は寛政6(1794)年で現在の現彦根市立西中学校付近にあった。維新後、金亀教校(西本願寺の教堂)として使用されていた。

平成21(2009)年、彦根市に寄付された。彦根市指定文化財。内部非公開。
(文・写真=岡 泰行)
旧彦根藩校弘道館講堂が東の外堀跡付近に移築され残っている。創建は寛政6(1794)年で現在の現彦根市立西中学校付近にあった。維新後、金亀教校(西本願寺の教堂)として使用されていた。

平成21(2009)年、彦根市に寄付された。彦根市指定文化財。内部非公開。
(文・写真=岡 泰行)
海軍操練所跡から、徳川大坂城の刻印石が出土
幕末の海軍操練所跡とは 神戸市中央区新港町に位置する海軍操練所跡は、旧生田川が運んだ土砂の堆積によって形成され …
大阪城の石垣刻印ページを公開しました
大阪城の石垣に刻まれた刻印について、その現在地を壁面番号ごとに整理したページを公開しました。 『大阪城の石垣刻 …
和歌山城
和歌山城は天正13年(1585)、豊臣秀吉の命で秀長が紀ノ川河口の虎伏山に築いた城。関ヶ原後は浅野幸長が改修し、元和5年(1619)からは紀州徳川家の居城となった。緑泥片岩を用いた石垣や岡口門、復元天守などが見どころ。このページでは、その歴史や構造、主な遺構や見どころを紹介する。
大和郡山城
大和郡山城は天正8年(1580)、筒井順慶が本拠を筒井城から郡山へ移したことに始まり、豊臣秀長や増田長盛の改修で城郭が整えられた。奈良盆地北西端、西ノ京丘陵南端に築かれた平山城で、三重の堀と石垣が城の骨格を形づくる。復元追手門や天守台、桜の景観も見どころ。このページでは、その歴史や構造、主な遺構や見どころを紹介する。
大阪城
大阪城は、石山本願寺・豊臣大坂城・徳川大坂城という三つの時代を重ねて受け継がれてきた城だ。上町台地に広がる巨大城郭には壮大な石垣と縄張が残り、地下には豊臣期の遺構も眠る。豊臣石垣館をはじめ、多彩な見どころと撮影スポットとともに、その歴史と魅力を紹介する。
竹田城
竹田城は嘉吉年間(1441〜1443)、山名持豊の被官・太田垣氏により築かれたと伝わる山城。播但街道と山陰街道を押さえる古城山に築かれ、三つの尾根に連なる曲輪と野面積み石垣が壮観だ。雲海に浮かぶ景観でも知られる。このページでは歴史、縄張と石垣、雲海撮影の見どころを豊富な写真とともに紹介する。
1996年開設、城を歩き続けた見聞録
城郭カメラマン 岡 泰行(プロフィール)運営。1996年の開設以来、現地で「見た」「聞いた」ことを“見聞録”として記録。歴史旅を導く知識と発見を、あなたのチェックリストに。
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