十河城とあわせて訪ねたい史跡
十河城周辺の名物料理
「久保製麺所」うどん屋。お城へと向かう県道(塩江屋島西線)の城のすぐ手前を左折。看板が出てます。
[Mr.H (1998.05.14)]
意外と知られていない、高松の隠れたうどん名店の集まるところ。でも「入谷」が閉店してしまったのが残念。
[Mr.H (1998.05.14)]
十河城の観光情報とアクセス
十河城観光に便利なホテル
はっきり言って高松市内で宿を捜しましょう。ここには無いです。
[Mr.H (1998.05.14)]
十河城:城ファンの知見と記録
十河城を訪ねた人たちが残してきた記録です。現地での発見や知見が寄せられ、城歩きの文化の中で育まれてきた経験がここに蓄積されています(全5件)。
岡 泰行 | 城郭カメラマン [プロフィール]
1996年より日本各地の城郭を訪ね歩き、取材と撮影を続けている。「先人たちの知恵とおしゃれ心」をテーマに、四半世紀にわたり城のたたずまいと土地の風土を記録してきた。撮影を通して城郭に宿る美意識を見つめ、遺構や城下町の風景に残る歴史の息づかいを伝えている。作品は書籍、テレビ、新聞など多くのメディアで紹介され、城の美しさと文化を広く発信している。







南北朝から230年間、十河氏の居城だった。称念寺の山門が十河城の城門という言い伝えがあるが定かでないらしい。
一段高い称念寺を主郭として、南北に曲輪を配置した舌状台地に築かれた城。北側に堀切跡が残る程度。その先に十河氏の墓がある。
寺には「十河同族会」なる事務所がありますが、何をやっているのかは不明。でも、もし貴方の名前が「十河」なら尋ねてみる価値があるかも……。
立て札の記載によると、当時城の正面は崖、裏側は池があり、かなり立地的によかったようであるが、現在城の裏手にあるため池(鷲池というようです)が当時からあったものかどうかは不明。
城跡の面影はほとんどなく、立て札に簡単に城の説明がなされているだけです。現在は称念寺というお寺になっています。