- 四国の覇者、長宗我部元親の本城だった。簡単に言ってしまえばある時代、土佐の首都だったが、その後本城を移すなどし、山内一豊が土佐に入封となったおり、土佐の首都は現在の高知城になる。現在、岡豊城跡は田畑が広がるところに小高い山、といった風景。開発の犠牲にならず見事に残り整備されている。余談だが元親も、現在の高知城の位置に城を築こうとしたことがあったようだが、洪水などに悩まされ断念するなど、高知城は立地は良いが築城しにくい土地だったらしい。
[光秀 (99.07.03)]
- 国道32号線沿いに「ようこそ岡豊城へ」の看板があり、矢印に従って行くと「レストラン・岡豊城」に辿り着いた。仕方なくレストランの前方に見える「歴史民俗博物館」の標識に向かうと、そこが岡豊城跡だった。「わざわざ城跡にこんな施設を...」と思ったが、山頂の遺構が見せるために整備され、各郭には発掘調査時の写真と解説が掲示されており、城跡と言うより野外歴史館と呼ぶのがふさわしい。
[城山神々 E-mail:sogabe@dokidoki.ne.jp (98.03.01)]
- 建造物の礎石跡を現代風に展示した各郭と老樹(主に樫)の対比が面白い。土塁・堀切・竪堀などはくっきり形状をとどめており、保存と整備の両立が訪れる者を退屈させない。所々に後から積んだのが明白な青石が点在するのは許容範囲内だが、気にはなる。
[城山神々 E-mail:sogabe@dokidoki.ne.jp (98.03.01)]
- 竪堀の中から突然顔を出し、ハイキングに来ている家族連れを驚かせてしまったが、年配の方もハイキングを楽しんでおり、岡豊山全体に遊歩道を敷いた公園化は各郭ごとの案内板と合わせて、建造物遺構の無い城跡整備として好ましいと思う。これも昭和初期に荒廃した城跡に私財を投じ、植樹等の公園整備に努めた西田一族のおかげです。
[城山神々 E-mail:sogabe@dokidoki.ne.jp (98.03.01)]
- 岡豊城の概要を知るには歴史民族資料館の岡豊城のページが良い。
[光秀 (01.12.01)]
- 資料:高知県立歴史民俗資料館(400円 9時〜17時 月曜休館)館内で再生できる。 また「長宗我部氏の興亡」というVTRには島内各城跡の航空撮影が含まれている。
[城山神々 E-mail:sogabe@dokidoki.ne.jp (98.03.01)]
- 交通:[鉄道] JR土讃本線、高知駅下車、バス歴史民俗資料館行き、または、領石・奈路・田井方面行き学校分岐、いずれも「歴民館入口」降車、徒歩数分。高知県立歴史民俗資料館のすぐ裏手。
[自動車] 高知I.C.または南国I.C.から15分程度。県道384号線沿いの歴史民俗資料館を目指す。
[光秀 (98.03.01)]
- グルメ:麓にレストラン岡豊城。ここのみ。
[光秀 (98.03.01)]
- 歴史スポット:岡豊山中腹に茅葺き屋根の民家(移築)が有り、内部を自由に見学できる。また、長宗我部元親の墓が高知市長浜に。その長男、信親の墓は西国33番札所でもある雪蹊寺に。余談だが雪蹊寺は、もともと真言宗だったが元親の庇護により再興、以来、元親の宗派、臨済宗に。長宗我部元親の法名、「雪蹊恕三大禅定門」に因んで雪蹊寺と名前を改める。長宗我部信親の墓がある。宝きょう院塔という形。雪蹊寺の社務所で聞かないとその場所は分からない。元親の墓は雪蹊寺前の看板で確認を。元親愛馬の碑、兵士の塚、元親の墓がある。訪れる人が多いのだろう。長宗我部顕彰会の手によって花も生けられ掃除もいきとどき、大切にされている。また、付近には元親の銅像も。その他有名どころをセットでめぐるなら、高知城。
[城山神々 E-mail:sogabe@dokidoki.ne.jp (98.03.01)]
[半兵衛 (02.01.23)]
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