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シリーズ『城の歴史旅』

城ファンが一期一会で出会ってきた城や情報─。
シリーズ『城の歴史旅』は、記憶に残したい見聞を強者たちが紡ぐコラムです。

[File.013] 本荘良智

シリーズ城の歴史旅:
『日本三大山城を歩く・大和高取城 Part4』

高取城の「弥勒堀切」の石垣を堪能し来た道を、大手門前の交差点に戻ります。三の丸から西方向を見上げると右手に千早門石垣、左手に大手門石垣を見ながら登ります。このまま左手に…と行きたいところですが、またもや大手門に侵入するのでは無く、今回は壷坂口と二の丸西腰郭にスポットを当てたいと思います。

先ずは壷坂口まで(大手門ー壷坂口の比高差約70m)一気に降ります。この壷坂口は道幅はさほど広くは有りませんが、麓から舗装林道が通っており車で上がって来る事が出来ます。今でこそアスファルトの舗装林道ですが、往時は人が歩ける程度の山道だったのでないでしょうか。また、麓からの途中に僧・弁基上人が開基した壷坂寺が在ることから「壷坂口」の由来は壷坂寺から来ているのだと思います。入口の前は以外と広くなっており何台かの車を停めて置けるスペースが有り、簡易トイレと詳細な縄張図が入った案内板が利用できます。

高取城 壷坂口(本荘)
(壷坂口)

高取城 縄張図(本荘)
(縄張図)

では改めて壷坂口からスタートです。目に入るのが右手が3段の段郭になり苔生した石垣もその段に合わせ積まれ、おそらく武者屋敷だったかと思われます。
高取城 段郭石垣(本荘)
(段郭石垣)

城道は右へ左と曲げ左側は深い谷、すると右側に少し大きめの石垣が目に入ります。ここは壷坂口郭に入る「壷坂口門趾」左右は削平されているのがわかります。ココも武者屋敷が置かれていたのでしょう。
高取城 城道(本荘)
(城道)

高取城 壷坂口門址(本荘)
(壷坂口門址)

先へ行くと一段高くなって木製の階段が付けられています。正規のルートは左側にあるのですが石垣崩落の為、通行止としています。階段を上がると「壷坂中門趾」両脇の石垣が在り櫓門だった事を想像させます。奥正面には大手郭西面の高石垣が見えます。
高取城 壷坂口中門趾(本荘)
高取城 壷坂口中門趾(本荘)
(壷坂口中門趾)

ココを左クランク状に東へ進むと大手門なのですが、そちらへは行かず右手の二の丸西面腰郭へ向かいましょう。郭内は若干草木が茂っていますが左手に二ノ丸高石垣を見ながら頑張って進むと北側に武者走りが付く2段郭となり先端には「part1大手筋」でご紹介した民家に移築された火薬櫓が在った場所です。三方は深い谷、城内最南西端の櫓趾となり櫓台は火薬収納の為か穴蔵式になっているのが特徴です。
高取城 二の丸高石垣(本荘)
(二の丸高石垣)

高取城 2段郭先端から(本荘)
(2段郭先端から)

高取城 火薬櫓台(穴蔵式)(本荘)
(火薬櫓台(穴蔵式))

さて、ココからは元来たルートを大手門趾に向かい戻りましょう。右手に大手郭の高石垣見ながら歩きます。この直線の以外と距離のある通路、個人的には馬場であっても良い様な気も…と思いながら大手門趾に到着。
高取城 大手門趾(本荘)
高取城 大手門趾(本荘)
(大手門趾)

最終回Part5へ続く

(文・写真=本荘良智)

シリーズ『城の歴史旅』

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