丸子城の歴史と見どころ
丸子城は駿府を守る目的で標高140mの三角山の尾根に築かれた山城。今川氏時代にその被官だった斉藤安元によって築かれ、武田信玄が駿府に侵攻して後は、その家臣、山県昌景が改修、武田家滅亡後は、徳川家康が入った。今川氏のときは北曲輪がその主郭だったらしい。初めて訪れると大堀切や三日月堀などその規模に驚かされる。
丸子城とあわせて訪ねたい史跡
丸子城周辺の名物料理
「待月楼」とろろ屋。丸子城登山口を過ぎて200m。とろろ懐石弁当(2,000円ほど)がうまい。[田村靖典 (2000.3.13)]
丸子城の観光情報とアクセス
丸子城:城ファンの知見と記録
丸子城を訪ねた人たちが残してきた記録です。現地での発見や知見が寄せられ、城歩きの文化の中で育まれてきた経験がここに蓄積されています(全4件)。
丸子城での発見を記録に残しませんか?
岡 泰行 | 城郭カメラマン [プロフィール]
1996年より日本各地の城郭を訪ね歩き、取材と撮影を続けている。「先人たちの知恵とおしゃれ心」をテーマに、四半世紀にわたり城のたたずまいと土地の風土を記録してきた。撮影を通して城郭に宿る美意識を見つめ、遺構や城下町の風景に残る歴史の息づかいを伝えている。作品は書籍、テレビ、新聞など多くのメディアで紹介され、城の美しさと文化を広く発信している。







武田時代に修復され、一の丸、二の丸、虎口、土塁、空掘り等がよく残っている。
徳川、武田で交互に領有され武田時代には山県昌影が守る。円形の縄張りが武田流の築城法を伝えている。
丸子は「まりこ」と読みます。昔は「鞠」の字を用いたそうです。
本丸は今川氏時代、武田氏時代、二カ所あります。最高136mの山頂を中心に、今川時代に本丸があった北城と、武田時代の本丸の南城を連結した縄張りになっています。大規模な三日月掘の遺構に目を奪われます。