若桜鬼ヶ城の歴史と見どころ

町の北側に若桜歴史民俗資料館があり、そこで若桜町埋蔵文化財調査報告第2集「鬼ヶ城遺跡」が販売されています(平成10年時点での事ですので現在はないかもしれません)。また、城跡には曲輪の名称等の案内板はありますが城の歴史についての表記は見当たりませんでした。
[吉田 豊太郎 (1999.09.25)]

若桜鬼ヶ城の関連史跡

町の北側にある若桜歴史民俗資料館には明治40年築の若桜銀行や無動山永福寺の山門が移築されてあります。また、八頭郡八東町用呂には江戸期初期の矢部家の屋敷があります。
[吉田 豊太郎 (1999.09.25)]

若桜鬼ヶ城のアクセス・所在地

所在地

住所:鳥取県八頭郡若桜町若桜 [MAP] 県別一覧[鳥取県]

[鉄道] 若桜鉄道、若桜駅下車。若桜弁才天へ向う道の途中に山道登り口(三倉口)があります。この山道は途中で小学校のミニスキー場があり、そこから左へ向うと古城地区経由で山頂の本城部へ、右へ向うと六角石崖経由で直接本城部へと着きます。
[自動車] 山道を登らずにさらに進んで行くと城山林道があり、こちらは自動車で山頂付近まで登れます。なお駐車場からは尾根沿いの馬場を経由して本城部に着きます。
[吉田 豊太郎 (1999.09.25)]

城ファンの気になるところ (3)

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    標高445.2mの鶴尾山の山頂に位置する総石垣造りの山城で、因幡三名城の一つ(他は鳥取城と鹿野城)に数えられています。城郭としては山頂部の本城部と支尾根上の古城地区からなり、本城部は天守台・本丸・二ノ丸・三ノ丸・ホウヅキ段 ・六角石崖、馬場などの曲輪、古城部は複数段の連続した曲輪で構成されています。石垣は山麓からでも確認できるほど立派なのですが、実際にはかなりの個所で崩壊した石垣や転石を見かけます。

    ( 吉田 豊太郎)

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    この城郭は全国的にも珍しい廊下橋虎口や全国でもここだけでしか確認されていない行き止まり虎口と呼ばれる特殊な虎口を有しており、特に行き止まり虎口は若桜町埋蔵文化財調査報告第2集「鬼ヶ城遺跡」によると“入口に4段の石段を伴いながら袋小路状に閉塞された特殊構造の遺構”で、門戸に落し戸を用いた特殊な虎口であると類推されています(現在は保存の為に埋め戻されています)。

    ( 吉田 豊太郎)

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    はっきりした築城年代はわかっていません。通説では建仁年間(1201〜1203)の頃に矢部暉種(てるたね)によって築城されたと言われていますが、これは麓の居館を指しているらしいです。また現在みられる総石垣の山城に改築されたのは豊臣大名のひとりである木下重賢によって天正13年(1585)前後に行なわれたとされ、関ヶ原合戦後に入封した山崎家盛により拡張されたと言われています。その後、元和3年(1617)に山崎家治が備中に転封となり、池田光政の持城となりましたが程なく廃城となったとされています。

    ( 吉田 豊太郎)

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