原城

住所:長崎県南島原市南有馬町乙 / 長崎県 / 城ファンチェック: 5

写真:岡 泰行

交通アクセス交通アクセス

鉄道利用

JR諫早駅から島原鉄道に乗り換え「島原駅」から島原鉄道バス、島原〜多比良〜諫早線「原城前」降車。バスの本数が少ないので注意しておこう。

マイカー利用

無料駐車場有り。乗用車20台。

文献資料文献資料

「有馬キリシタン遺産記念館(旧原城文化センター)」へどうぞ。発掘で出土した人骨のレプリカや大砲の弾などが展示されている。(南島原市南有馬町乙1395)

近郊グルメ近郊グルメ

「喜作」肥前名護屋から取り寄せのイカとフグがうまい。島原の郷土料理「具雑煮」定食(1,300円)も。具雑煮は原城での篭城食と言われ、本来は雑草など食べられるものはなんでも入っていたらしい。これも出汁がきいておいしい。
[林田公範 (1999.11.04)]

長崎県の観光おすすめ長崎県の観光おすすめ

本丸からは日野江城が目と鼻の先に望めます。島原城も近い。
[団吉 (1999.07.15)]

原城についてもっと詳しく知りたい方はこちら→[島原天草一揆(島原天草の乱)]

城ファンチェック (5)

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    1998.02.22 よーすけ さんより

    建築物としての遺稿らしいものはありませんが、城跡は公園(空き地と言ってもよい)と畠しかなく、城としての形がたいへんよく残っています。

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    1998.02.22 よーすけ さんより

    城跡のところどころに城の図と、島原の乱の陣立ての図があるので自分の立っている場所がどんなところかわかります。

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    1999.09.28 誠士 さんより

    原城にある「ほねかみ地蔵」は「骨を噛み締める」の意で、相手の痛みを知るとか救済の意味があるなどと、地蔵の横に書かれています。でも本当は「骨髪」でしょう。島原の乱のあと、死体は長い間放置されたままだったといいます。髪がこびりついた白骨などがあちこちにあったのでしょう。そう解釈するほうが自然だし、凄みがあると、司馬遼太郎さんの「街道を行く」にも載っています。

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    1999.10.25 半兵衛 さんより

    本丸の各所から石垣が発掘により出現しているが、どの石垣も上部またはコーナー部分が崩され、再利用されないよう破城の扱いを受けたことが分かる。

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    2014.07.31 宮本武蔵 さんより

    島原の乱は、宮本武蔵にとって最後の合戦だった。剣を振るう間もなく籠城側が原城から落とされた石が足にあたり、武蔵は動けなくなってしまったそうな。武蔵の息子、宮本伊織は、手柄をあげ明石藩小笠原家の家老に上りつめた。

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