延岡城

住所:宮崎県延岡市東本小路 / 宮崎県 / 城ファンチェック: 3

写真:岡 泰行

延岡城の開城時間延岡城の開城時間

城域は散策自由。

延岡城のアクセス・駐車場延岡城のアクセス・駐車場

鉄道利用

JR日豊線、延岡駅から宮崎交通バス福祉大学線乗車「市役所前」降車、徒歩5分。

マイカー利用

東九州自動車道延岡ICから10分。駐車場有り(有料時間帯に注意)。

宮崎県内の移動は車が便利。宮崎ブーゲンビリア空港やJR延岡駅周辺にはレンタカー会社もいくつかあるので、旅程に合わせて事前予約しておこう。

延岡城の文献資料延岡城の文献資料

内藤記念館(歴史資料館)

2022年の開館に向けて閉鎖中。資料の一部は、延岡市役所南別館の「内藤記念館展示室」に展示中(9:00〜17:00、月曜・12月28日〜1月3日は休室)。

延岡城の歴史

戦国時代、県(あがた・現在の延岡市)は国人領主の土持氏(県土持氏)が支配していた。1578(天正6)年、耳川の戦いの前哨戦で土持氏は滅ぶが、当時の居城は松尾城(延岡市松山町)にあった。

1587(天正15)年、豊臣秀吉が島津義久を屈服させた翌年、「九州仕置(国分)」により、豊前国から高橋元種が新たな支配者としてこの地に入封した。元種は五ケ瀬川と大瀬川に挟まれた大きな中洲の一角にあった丘陵を新たな城地とし、1603(慶長8)年に移り住む。

1613(慶長18)年、元種が改易されると、肥前国日野江から有馬直純が入る。城は改築が進み、1652(承応元)年には事実上の天守とされる「御三階櫓」が造られる(1683・天和3年に焼失)。康純は1556(明暦2)年、今山八幡宮に梵鐘を寄進しているが、その銘に残る「日州延岡城主」の文字が、「延岡」の初出とされる。

その後は、三浦氏、牧野氏、内藤氏と藩主が替わり明治を迎えた。1870(明治3年)廃城。内藤氏が私有していた西の丸の藩主屋敷は、1881(明治14)年に延岡市へ寄贈され、「内藤記念館」となったが、当時の建物は第2次世界大戦時の空襲で焼失している。

旧内藤家所蔵品の中には、延岡市の市制60周年を記念して新たに寄贈された「天下一(てんがいち)」の称号を持つ能面師の作品が30面含まれている。毎年10月、この能面を実際に使って二の丸広場で行われる「のべおか天下一薪能」には、人間国宝など一流の能楽師、狂言師が来延する。
(文:高浜確也)

延岡城の撮影スポット延岡城の撮影スポット

本丸の高石垣は「千人殺し」と呼ばれ、一角を外すと崩落し、攻め込んだ敵兵を殺傷すると伝わる(実際に使われたことはない)。現在では基部がコンクリートで固められ石垣に孕みも見られるが、延岡城趾を代表するスポットだ。

ほかに大手門、城山の鐘、三階櫓跡など。市街地と日向灘の遠望もおすすめ。

延岡城のグルメ延岡城のグルメ

チキン南蛮

チキン南蛮は延岡市発祥のB級グルメ。同市はもちろん、宮崎市など県内各地のレストランや食事処でメニューに載るソウルフード。元はレストランのまかない料理だったという。

そのまかない料理の味を受け継ぐ味のおぐらチェーンお食事の店・直ちゃんが二大巨頭だが、その他の店にも絶品がそろう。ぜひ、発祥の地のほんもののチキン南蛮を食べに行こう。

「水郷」と呼ばれることもある延岡は、川魚も旨い。毎年10月から12月初旬にかけて、川に「鮎やな」がかけられ、ほとりの食事棟で焼き立ての鮎を食せる。「延岡水郷鮎やな」など。

伊勢えび

9月〜3月にかけては日向灘の伊勢えび漁が解禁。そのうち9月〜11月には、おとなり大分県佐伯市と合同で「東九州伊勢えび海道」が開催されている。

延岡城近郊のホテル・旅館延岡城近郊のホテル・旅館

市内中心部はビジネスホテル。市の北部、北浦町や須美江町に民宿も。

宮崎県北の城をめぐるなら、ビジネスホテルをベースキャンプにした方が便利。観光地めぐりがメインなら、思い切って高千穂町に宿を取るのもアリ。

延岡城の歴史観光スポット延岡城の歴史観光スポット

西郷隆盛宿陣跡資料館

西郷隆盛宿陣跡資料館。1877(明治10)年の西南戦争で、西郷軍は征討軍(政府軍)に最後の決戦を挑み敗れる。西郷は軍の解散を決意し、陸軍大将の軍服をその場で焼いたという。西郷たちはその後、近くの可愛岳(えのだけ)を突破し、九州山地を踏破して鹿児島に戻っていった。

松尾城趾

1443(文安元)年ごろ、土持宣綱が西階城から松尾城趾(延岡市松山町)へ居城を移したと言われている。以後、高橋元種が新たな城(のちの延岡城)を築くまで、この地の中心となった。

西階城趾

西階(にししな)城趾(延岡市西階町)は、1429(正長2)年ごろから1443(文安元)年ごろまで県土持氏の本城。現在は西階運動公園の一部となっているが、ウォーキングコース土塁や空堀の跡が残っている。

井上城趾

井上城趾(延岡市古城町)は、宮崎県立延岡高等学校の南側で、大瀬川を扼する丘陵上にあった土持氏の本城。宅地造成などで破壊も進むが、一部遺構も残る。雑木林に囲まれているところもあるため入城は注意が必要。

延岡城の口コミ 城ファンチェック (3)

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    1998.01.18 島津薩摩守忠教 さんより

    延岡城は、旧姓県(あがた)城とも言います。若山牧水の歌に「なつかしき城山の鐘鳴りいでぬ 幼なかりしひ聴きしごとくに」とも歌われています。

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    1999.03.19 日州 さんより

    城内の石垣に、石を一つ抜くと全部崩れて、攻め込んできた敵を皆殺し、というのがあるそうですよ。千人殺しとかいう名前だったような気がします。

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    2015.08.13 shirofan さんより

    2015年8月、同年5月からの市役所の建設地の発掘調査で、延岡城の外堀と石垣が姿を現した。現地説明会は8月16日。

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