写真:岡 泰行(城郭カメラマン)
賤機山城:城ファンの知見と記録
賤機山城を訪ねた人たちが残してきた記録です。現地での発見や知見が寄せられ、城歩きの文化の中で育まれてきた経験がここに蓄積されています(全5件)。
岡 泰行 | 城郭カメラマン [プロフィール]
1996年より日本各地の城郭を訪ね歩き、取材と撮影を続けている。「先人たちの知恵とおしゃれ心」をテーマに、四半世紀にわたり城のたたずまいと土地の風土を記録してきた。撮影を通して城郭に宿る美意識を見つめ、遺構や城下町の風景に残る歴史の息づかいを伝えている。作品は書籍、テレビ、新聞など多くのメディアで紹介され、城の美しさと文化を広く発信している。







山の中腹には賎機山古墳もある。浅間神社の交番の裏側の上り口から登りだすとアクセスも早い。材木町・籠上(賎機山の西側)からも登ろうと思えば登れる。材木町は吉屋酒造の裏辺りは、町の中で山城の雰囲気が味わえる。籠上あたりは、静鉄バスの安部線「妙見下」(みょうけんした)で降りて、坂を登ってみましょう。臨済寺裏からのコースは、地元では「地獄谷」と呼ぶほどきついコースです。
今川範政の時、駿府城の詰めの城として築城。今川氏滅亡後、武田氏の持ち城になる。徳川時代には、戦略的意味がなくなり自然廃城。
臨済寺の横のみかん畑から登ること15分で鞍部に達する。少し南にゆくと、北の出丸、2の丸、掘切りを経て、本丸にたどり着く。ここに石碑ある。さらに南に行くと、空掘、郭が2つある。
賤機山の長く長く延びた尾根に展開されているのですが、あまりに長いので、「守りにくそ~だ」と思ってしまいました。実は、当時、長く延びた尾根の両側には、川があったのです!現在の安部川は人工的に流れを変えられています。浅畑沼から延びる「北川」と「旧安部川」ですっぽり尾根が囲われて外堀の役割を果たしていたとのこと。
浅間神社からは、ハイキングコースのようで地元の方と遭遇。「ホントは朝5時と6時に山頂で体操があるのです」と、すっかり地元にとけ込んだお城で街灯らしきものもあるとのことで、夜でも登れるのだそうです。