具志川城は、沖縄本島最南端の喜屋武岬に築かれた海辺のグスクだ。三方を断崖に囲まれた海食崖上に築かれ、石垣や火吹き穴などの遺構が残る。現在も太平洋を望む雄大な景観が広がり、独特の立地と石垣群が印象深い。このページでは、具志川城の歴史や特徴、近年の保存整備状況を豊富な写真とともに紹介する。
写真:岡 泰行(城郭カメラマン)
具志川城の歴史・見どころ
具志川城(ぐしかわぐすく)は、沖縄本島最南端に近い喜屋武岬の断崖上に築かれたグスクだ。現在の糸満市喜屋武に位置し、三方を海に囲まれた海食崖の地形を利用して築かれている。城門は東北に開き、そこから陸地へ続いていた。海へ向かって切り立つ断崖と太平洋を望む景観は、この地が古くから特別な場所であったことを感じさせる。
具志川城については、築城年代や築城者を伝える古文献がほとんど残されていない。『日本城郭大系』でも、糸満市の具志川城を記録した古文献は見当たらないとされており、歴史的経緯には不明な点が多い。また、城内では遺物の採集が難しく、長期的に利用された痕跡も乏しいことから、築城後まもなく廃されたか、あるいは別の地へ拠点が移った可能性が指摘されている。
一方で、その立地には大きな特徴がある。具志川城は海へ突き出した岬の先端に築かれており、海上交通や周辺海域を見渡すことができる場所にある。同じ「具志川」の名を持つ久米島の具志川グスクや、沖縄本島中部の具志川グスクもまた海岸沿いに築かれており、共通した地形条件を備えている点は興味深い。沖縄のグスクには山上型や丘陵型も多いが、具志川城は海岸立地を強く意識したグスクの一例といえる。
近年の発掘調査では、グスク本来の遺構だけでなく、沖縄戦に関わる痕跡も確認されている。平成10年(1998)から平成11年(1999)にかけて行われた保存状況確認調査では、表土から砲弾片や薬きょうなどの戦時遺物が多数出土した。喜屋武周辺は沖縄戦末期の激戦地として知られる地域であり、戦後長く雑木に覆われていたにもかかわらず、石垣などのグスク遺構が比較的良好に残っていたことが確認されている。
具志川城は、長く本格的な調査が行われないまま荒廃が進んでいたが、平成12年度(2000)から糸満市による保存修理事業が開始された。調査によって石垣の構造や外郭の様子が徐々に明らかとなり、北側のアザナ外郭や土塁跡なども確認されている。海に囲まれた断崖のグスクという独特の景観を残しつつ、その実像が少しずつ明らかになっている。
具志川城の特徴と構造
具志川城は、沖縄本島最南端の喜屋武岬先端部に築かれたグスクで、標高約17mの海食崖上に立地している。正門側を除く三方が断崖となっており、自然地形そのものを防御に取り入れた構造が大きな特徴だ。城域は約60m×30m規模で、一の郭・二の郭を中心に構成される。
城門は東北側に設けられ、陸地へ向かって開いている。幅8m余、高さ約4mの石造城門だが、切石加工は整然としたものではなく、素朴な造りとなっている。城門付近の石垣には修築の痕跡があり、厚みを増した部分も確認されている。一方、城門以外の城壁は一の郭・二の郭とも野面積みを主体としており、自然石の一部を打ち欠き、それぞれをかみ合わせて積み上げる「雑割り石積み」の技法が用いられている。
二の郭には「火吹き穴」と呼ばれる海へ通じる通路が残る。非常時にはここから海岸へ下りることが可能だったとされ、海に面したグスクならではの構造といえる。また、近年の調査では城外西側保安林内から土塁の一部も確認されている。幅約1間(約180cm)の土塁で、両サイドに石列を設け、城域外周を取り巻くように延びていた。
城内は長年、ガジュマルやアダンなどの植物に覆われていたが、保存修理事業による伐採で石垣の延長線や交差部が明らかになった。断崖と海、石灰岩の石垣が織りなす景観は、沖縄南部のグスクの中でも印象的な存在となっている。





具志川城の整備状況
具志川城は、昭和47年(1972)の沖縄本土復帰とともに国指定史跡となったが、その後長らく本格的な学術調査は行われず、城跡は荒廃が進んでいた。これを受け、糸満市では平成3年度(1991)に航空写真地形測量を実施し、平成9年度(1997)には『具志川城跡及び周辺グスク環境整備基本構想』を策定した。
さらに平成12年度(2000)からは、国と沖縄県の補助を受けた保存修理事業が本格化している。事業では、雑木の伐採や腐葉土除去による遺構確認をはじめ、崩落危険のある石垣の解体修復、外郭部の発掘調査などが進められた。平成15年度(2003)にはレーザーによる三次元測量も導入され、石垣を立体データとして記録する試みも行われている。
保存修理では、単なる復元ではなく、周辺の自然景観と調和させながら「古城」の景観を残す方針が採られている。現在も、喜屋武岬の自然と一体となったグスク景観を守りながら、段階的な保存整備が続けられている。
参考文献:
- 『日本城郭大系1』(新人物往来社)
- 『よみがえれ古海城《フルウミグスク》』(糸満市教育委員会)
具志川城アクセス・駐車場・営業時間
所在地
住所:沖縄県糸満市喜屋武1730-1 [地図を見る]
県別一覧:[沖縄県の城]
電話:098-840-8163(糸満市教育委員会教育部)
アクセス
マイカー利用
那覇空港自動車道、豊見城ICから南へ25分(12.5km)、無料駐車場有り。
地図
具志川城:城ファンの知見と記録
具志川城を訪ねた人たちが残してきた記録です。現地での発見や知見が寄せられ、城歩きの文化の中で育まれてきた経験がここに蓄積されています(全2件)。
具志川城でのひとときを、そっと記録に残す







糸数城のあと、嫁さんの希望で玉泉洞王国村→ひめゆりの塔→琉球ガラス村と巡って、具志川城に着いたのはもう6時近い頃でした。ちょうど夕日が沈む所でしたが残念ながら地平線の辺りに少し雲があり、夕日が海に沈む所は見ることができませんでした。海に突き出る形で築かれており、この辺はちょっと北海道のチャシを一瞬イメージしてしまいました。石垣の石はかなり丸くなっていて、海風で浸食されている感じがしましたが、石垣に結構厚みがありありし日の姿を思い起こさせます。規模は小さいですがいいグスクでした。
記録:KUBO 2003
市内からだと空港渋滞にはまります。距離は22kmですが、1時間以上かかりました。空港からなら20km(50分)くらいです。現地にはトイレも自販機もありません。海に突き出た岬に築かれた連郭(2郭)式のグスクです。石灰石の野面積みによる城壁は上部こそ崩れ去っていますが、基部はくっきりと残っており、往時を偲ぶことが出来ます。2の郭(陸側)には、海に繋がる約1m四方の穴「火吹き穴」が空いており、下に船が着けられそうな感じでしたが、あいにく潮の具合が悪く、下からは確認できませんでした。地形的に島原の原城を彷彿とさせます。また、主郭と呼ばれる方の郭(海側)が1段低いのが印象的でした。因みに、似た立地の同名のグスクが後2つ有るようです。
記録:imai 2002