岩殿山城
岩殿山城は桂川の対岸にそびえる岩山に築かれた山城で、相模・武蔵方面から甲斐へ至る要衝を守る拠点とされる。標高634mの独立峰を利用し、三方を河川に囲まれた天然の要害に堀切や帯郭を配した構えが特徴だ。現在も主郭部の堀切や郭などの遺構が残り、険しい山城の景観を体感できる。このページでは岩殿山城の歴史や構造、見どころを紹介する。 ▼続きを読む
有子山城
有子山城は天正2年(1574)、山名祐豊が此隅山城に代わる本城として有子山に築いた山城だ。標高321mの山上に本丸を置き、尾根に曲輪を連ね堀切や石垣を備える構造で、但馬支配の拠点となった。現在も曲輪や石垣、石取場などの遺構が残り、山頂からの眺望も魅力となっている。このページでは有子山城の歴史や構造、見どころを豊富な写真とともに紹介する。 ▼続きを読む
黒井城
黒井城は丹波地方の交通の要衝に築かれた山城で、福知山街道と京街道を押さえる拠点として機能した。山上の主郭には高さ約4mの石垣が残り、城下町側に石垣を見せる構造も特徴となっている。現在は登山道が整備され、山頂に残る石垣や城跡の景観を間近に見ることができる。このページでは黒井城の歴史や構造、見どころを豊富な写真とともに紹介する。 ▼続きを読む
五箇篠山城
五箇篠山城は南北朝時代に初見が見える山城で、北畠氏の被官や在地領主の拠点となった。梅田川と朝柄川に挟まれた独立丘陵に築かれ、尾根を堀切で区切る縄張が特徴だ。現在も郭や土塁、堀切が良好に残り、山城の構造を体感できる。このページでは五箇篠山城の歴史と構造を豊富な写真とともに紹介する。 ▼続きを読む
長水城
長水城は正平元年(1346)頃、播磨守護の赤松則祐によって築かれたと伝わる山城で、のちに宇野氏の居城となった。山上に築かれた要害の城で、播磨北西部の防衛拠点として機能したが、天正8年(1580)に羽柴秀吉軍の攻撃で落城し廃城となった。現在は城跡に信徳寺が建ち、往時の城山の面影を今に伝えている。このページでは長水城の歴史や見どころを紹介する。 ▼続きを読む
八上城
八上城は丹波の有力国人・波多野氏の本城として篠山盆地東方の高城山に築かれ、明智光秀の丹波侵攻に抗した城として知られる。標高459mの山頂に本丸を置き、山麓に居館と城下町を備え、支城や砦を多数配した大規模な山城だった。現在は登山道が整備され、山上から往時の城域をたどることができる。このページでは八上城の歴史や構造、見どころを豊富な写真とともに紹介する。 ▼続きを読む






