八上城は丹波の有力国人・波多野氏の本城として篠山盆地東方の高城山に築かれ、明智光秀の丹波侵攻に抗した城として知られる。標高459mの山頂に本丸を置き、山麓に居館と城下町を備え、支城や砦を多数配した大規模な山城だった。現在は登山道が整備され、山上から往時の城域をたどることができる。このページでは八上城の歴史や構造、見どころを豊富な写真とともに紹介する。
写真:岡 泰行(城郭カメラマン)
八上城の歴史・見どころ
篠山盆地は、京都の山城、播磨や但馬、大坂への街道が通る交通の要衝で、代表的な街道に平安時代の山陰道であり、亀岡から和田山を結ぶ篠山街道が通る。この街道と篠山盆地を見落とす地点に波多野氏の八上城があった。波多野氏は明智光秀の丹波侵攻を食い止めていた一大勢力で八上城はその本城にあたる。人質に差し出していた光秀の母がこの城で磔にされたことは歴史の表舞台に登場する有名な話である。八上城は天正7年(1579)光秀により攻め落とされ、以降、一時的に使われてはいたが、篠山城にその役割が移り廃城となった。城は篠山盆地の東、丹波富士とも呼ばれる標高459mの高城山に築かれた山城で、山頂に本丸、山麓に居館と城下町を持ち、その支城は40城余り砦30を有していた。
現地では春日神社前の街道沿いに、八上城の案内板があり、縄張図が掲載されている。書籍では『ひょうごの城紀行(下)』(神戸新聞総合出版センター)が分かりやすい。
八上城のおすすめ散策コース(所要時間・順路)
八上城は山城なので散策自由。登山口から本丸まで1km 約45分。登山道は整備されている。登山口は春日神社登山口と、藤木坂登山口の2ルートがあるが、2019年4月現在、藤木坂登山口は途中、登山道が崩落しているため、春日神社登山口のご利用を。
八上城の撮影スポット・絶景ポイント
篠山城の天守台から八上城の山容が美しく見られる。
八上城周辺の観光スポット・史跡めぐり
篠山城をセットでどうぞ
八上城から直線で約4kmの距離に、近世城郭の篠山城がある。豊臣大坂城包囲網のひとつ。石垣や堀、そして大書院が復元されており圧巻だ。また、八上城の屋敷門が篠山城下(北出丸跡付近)に移築され現存している。
重兵衞茶屋と一里塚
重兵衞茶屋は、山陰街道と播磨街道の分岐点にあり、大名の参勤交代や旅人の休憩所として江戸時代に利用されてきた茶屋(市指定文化財)。春日神社前の通りを西へいくと突き当たりにある。また、逆に春日神社から東に行くと街道沿いに、丹波篠山53次の八上一里塚がある(石碑のみ)。
八上城から広がる城めぐり
丹波の名城
丹波の名城をたどると、山々に築かれた城と城下町に地域の歴史の重なりが見えてくる。
八上城周辺グルメ・名物料理
八上城周辺には食事処はないが、唯一、ローソンがある。篠山城とセットで攻めることを考えれば篠山城下でどうぞ。
八上城アクセス・駐車場・営業時間
八上城:城ファンの知見と記録
八上城を訪ねた人たちが残してきた記録です。現地での発見や知見が寄せられ、城歩きの文化の中で育まれてきた経験がここに蓄積されています(全3件)。
八上城での発見を記録に残しませんか?
岡 泰行 | 城郭カメラマン [プロフィール]
1996年より日本各地の城郭を訪ね歩き、取材と撮影を続けている。「先人たちの知恵とおしゃれ心」をテーマに、四半世紀にわたり城のたたずまいと土地の風土を記録してきた。撮影を通して城郭に宿る美意識を見つめ、遺構や城下町の風景に残る歴史の息づかいを伝えている。作品は書籍、テレビ、新聞など多くのメディアで紹介され、城の美しさと文化を広く発信している。







八上城の本丸、二の丸、三の丸、岡田丸、右衛門丸など主郭部の樹木が約300本伐採され、眺望が良くなった。篠山城などが見えるようになった。
八上城は兵糧攻めで落ちた城。秀吉の鳥取城兵糧攻め、家康の高天神城の兵糧攻めあるが、明智光秀はそれより2年早く八上城で兵糧攻めをしている。
丹波富士とも言われる高城山、遠くから見ると綺麗な山に御座りまする。標高459m、比高230m。波多野氏の城。本丸迄約1時間の道のりとか。「篠山城」が出来た後、廃城に成ったそうに御座りまするが、遺構は良く残って居りまする。道も整備されており、途中「主膳屋敷」「鴻の巣」「下ノ茶屋丸」「上ノ茶屋丸」「中ノ壇」「右衛門丸」の遺構を楽しみながら、「三の丸」「二の丸」そして約40分にて「本丸」着到!「本丸」は、40m×15m程の細長い削平地に帯郭に囲まれて御座りまする。東北の「岡田丸」側に石垣が残って居りまする。下りは、「伝説ハリツケの松」(人質の明智光秀の母親を処刑した処)「馬駆場」「芥丸」と別ルートで「藤の木口」(春日神社の東側400m位)に降りました。