松阪の夜は、一軒の食堂から
久しぶりに、松阪に宿をとりました。
この日は松坂城から城下へ歩き、武家屋敷や古い商家にレンズを向けながら町を巡りました。



城下町をひとしきり歩くうち、やがて日も傾いてきました。
旅先の夕暮れというのは、少し心が浮き立ちます。今日一日の道のりが終わり、知らない町に灯りがともりはじめる。その頃になると、さて晩飯はどうしようか、という、旅ではなかなか大切な問題が持ち上がります。
松阪まで来たのだから、今夜は松阪牛にしよう。そう決めたところまではよかったのですが、調べてみると、どこも恐ろしく高い。松阪牛なのだから当然といえば当然なのですが、もう少し気軽に食べられる店はないものか。定食で松阪牛を出してくれる店を探してみると、一軒、気になる食堂が見つかりました。

店に入ると、昭和の時間がそのまま残っていました。少し前に見たドラマ『絶メシロード』に出てきそうな店です。こういう店は好きです。新しく整えられた店もよいけれど、旅先では、長い年月をそのまま引き受けてきたような店に惹かれます。
店はご夫婦で切り盛りされていました。注文を取りに来られたご主人は、よく通る美声の持ち主でした。メニューをひとつひとつ説明し、「あちらのお客さんが先なので、少し時間がかかります」と、それも丁寧に伝えてくださいます。急ぐ旅でもありません。待っているうちに、ご主人と松阪牛の話になりました。
「今日食べていただくのは、なつみちゃんです」
一瞬、誰のことかと思いました。「なつみちゃん」。これから食べる松阪牛の名前でした。
ご主人によれば、鹿児島県から1歳ほどでやって来て、松阪の地で育てられた雌牛なのだそうです。そして、子を産んだことのない未経産牛。松阪牛には一頭一頭、名前があります。
ご主人はさらに、松阪牛とはどういう牛なのかを話してくれました。雲出川から宮川にかけての地域を含む松阪牛生産区域で肥育される黒毛和種の未経産の雌牛で、個体識別管理システムに登録された牛であること。松阪牛と名乗るには、こうしたいくつもの条件があるのです。
しかし、そんな定義の話以上に、私の頭に残ったのは「今日食べていただくのは、なつみちゃんです」という、ご主人のひと言でした。
肉には産地があり、銘柄があります。それは知っていました。けれど、一頭一頭に名前があり、いま目の前にある肉にもその名前がある。そう聞くと、一皿の見え方が少し変わります。
旅先で名物を食べることは珍しくありません。しかし、その土地の人から話を聞きながら食べると、味とは別のものが残ることがあります。その夜も、そうでした。
そして話は、いつの間にか松阪のことばへ移っていきました。
松阪のことばを聞いていると、大阪に暮らす私には、どこか馴染みがあります。関西のことばに近い響きがある一方、三重という土地は、東へ行けば名古屋があります。では、どこからことばが変わるのだろう。そんな話になりました。
ご主人の話には、揖斐川や木曽川といった大きな川も登場しました。今なら橋を渡ってしまえば、川の向こうはすぐです。けれど、昔の川はそうではありません。大きな川が一本あるだけで、人の行き来はずいぶん違ったはずです。人が行き来すれば、ことばも動く。人が行きにくければ、ことばもそこで少し立ち止まる。県境という線が引かれるよりずっと前から、川や山が、人の暮らしの境目になっていたのでしょう。
そう考えると、方言というものは、土地に残された見えない地形のようにも思えてきます。
そして、松阪のことばで、とりわけ面白かったのが日にちの数え方でした。
「あした」「あさって」「ささって」「しあさって」。
ささって。

初めて聞けば、それは一体いつなのだ、と戸惑います。あとで桑名のAさんにも、この話を聞いてみました。すると、日にちの呼び方は地域によって違ってややこしいので、「何日後」と言うのだそうです。
なるほど。それなら間違いありません。
松阪牛を食べようと思って入った、一軒の店でした。そこで一頭の牛に名前があることを知り、ご主人の話を聞いているうちに、松阪牛から川の話になり、川からことばの話になり、最後には「ささって」にたどり着きました。
店を出ると、松阪の夜はもうすっかり更けていました。
文・写真=岡 泰行






