池田城
 

所在地:大阪府池田市城山町
遺 構:主郭内空堀
見 所:庭園、城地内櫓からの眺望
区 分:平山城
城 主:池田氏
築城年代:1400年代初頭〜
     (1336年の古文書にも名が見えるが関連性未確認)
 

 
写真:岡 泰行
 
 池田城は1400年代初頭に現在の地にその基礎を築いたとの説が有力だが、1336年の古文書にも「池田城」の名が見られることから、この頃に遡られるのではないかという説もある。いくつか残る摂津池田氏の系図によると、初代城主は 池田教依(のりより)で、その後、次第に池田氏は力をつけ始め、金融業などで成功し、織田信長が摂津へ侵攻する永禄11年(1568)には有力国人となる。

 この時池田氏は、荒木村重や中川清秀を家臣に持ち織田勢と一戦するが降伏。市には放火され、城は焼け落ちることとなる。その後、加増と摂津三守護に命ぜられ、織田氏の配下となって各地を転戦します。
 その後荒木村重が摂津の支配者となり、信長に対して謀反を起こすが、その時、再び池田は「古池田」として城の跡地が利用されていたようだ。信長は、度々この地から指揮を執り、時には鷹狩りなどをしていたとか。
 また、古文書によると池田城は、惣(総)構えがあったとされる記述があり、これらが今後の発掘などによって明らかになれば、城郭史や荒木村重等の人物研究にも大きな影響があるものと期待される。地理的や人的に中央と密接に結びついているため、今後の調査によって新発見もあるかもしれない。今後の調査に期待をしたい。

[柏床宜宏 E-mail:kash@wombat.zaq.ne.jp (2000.07.06)]


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  • 摂津池田城はその築城年代も、また池田氏の出自も解明すべき点が多く有ります。池田という地は古くから交通の要衝で経済もまた発達していたので畿内では要地でした。歴史上の出来事に池田や池田氏は密接に関連してしていきます。この地を掌握していた池田氏もその出自を辿ると、尾張・美濃の池田氏との関連も伝えられています。尾張池田氏はその後、岡山を代表する池田氏になりますから、この関連性が明らかになっていくと、通説とされる歴史も変わるかもしれません。
    [柏床宜宏 E-mail:kash@wombat.zaq.ne.jp (2000.07.06)]

  • 平成元年〜4年までの発掘調査から、枯山水、井戸、虎口などを復元、公園化されている。天守は史実に基づいたものではない。東門(大手門)側の空堀跡が見事。その規模が分かる。公園は毎週火曜日休園。
    [半兵衛 (2001.07.18)]

  • 交通[鉄道] 阪急宝塚線、池田駅下車、徒歩10分。
    [半兵衛 (2000.07.06)]

  • 池田氏、池田城についてもっと詳しく
    知りたい方はこちら→[郷土史サイト「呉江舎」(我が街池田)]

 

 


 
 
 
 
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