池田城

住所:大阪府池田市城山町3 / 大阪府 / 城ファンチェック: 3

写真:岡 泰行

開城時間開城時間

午前9時〜午後7時(11月〜3月:午後5時まで)
休園日:毎週火曜(火曜が祝日の場合は翌平日)・年末年始

交通アクセス交通アクセス

鉄道利用

阪急電鉄宝塚本線「池田駅」下車、徒歩15分。

マイカー利用

中国自動車道「中国池田IC」から北へ5.6km(約10分)、または、阪神高速道路「小西心花」から東へ1.4km(約5分)。五月山緑地駐車場(有料)を利用する。

文献資料文献資料

模擬天守内には、池田城の概要がパネル展示されている。そのほか、池田城東側の「城山勤労者センター」には、池田城の城郭模型などが展示されている。

大阪府の観光おすすめ大阪府の観光おすすめ

池田城東側の「城山勤労者センター」には、池田城の城郭模型などが展示されている。
また、池田城から東へ徒歩12分の池田市立歴史民俗資料館(池田市図書館)には、池田城跡出土資料として磁器や陶器が所蔵されているほか、屋外には(伝)荒木村重の塚がある。

城ファンチェック (3)

  • avatar

    2000.07.06 柏床宜宏 さんより

    池田城は1400年代初頭に現在の地にその基礎を築いたとの説が有力だが、1336年の古文書にも「池田城」の名が見られることから、この頃に遡られるのではないかという説もある。いくつか残る摂津池田氏の系図によると、初代城主は池田教依(のりより)で、その後、次第に池田氏は力をつけ始め、金融業などで成功し、織田信長が摂津へ侵攻する永禄11年(1568)には有力国人となる。
     この時池田氏は、荒木村重や中川清秀を家臣に持ち織田勢と一戦するが降伏。市には放火され、城は焼け落ちることとなる。その後、加増と摂津三守護に命ぜられ、織田氏の配下となって各地を転戦します。
     その後荒木村重が摂津の支配者となり、信長に対して謀反を起こすが、その時、再び池田は「古池田」として城の跡地が利用されていたようだ。信長は、度々この地から指揮を執り、時には鷹狩りなどをしていたとか。
     また、古文書によると池田城は、惣(総)構えがあったとされる記述があり、これらが今後の発掘などによって明らかになれば、城郭史や荒木村重等の人物研究にも大きな影響があるものと期待される。地理的や人的に中央と密接に結びついているため、今後の調査によって新発見もあるかもしれない。今後の調査に期待をしたい。

  • avatar

    2000.07.06 柏床宜宏 さんより

    摂津池田城はその築城年代も、また池田氏の出自も解明すべき点が多く有ります。池田という地は古くから交通の要衝で経済もまた発達していたので畿内では要地でした。歴史上の出来事に池田や池田氏は密接に関連してしていきます。この地を掌握していた池田氏もその出自を辿ると、尾張・美濃の池田氏との関連も伝えられています。尾張池田氏はその後、岡山を代表する池田氏になりますから、この関連性が明らかになっていくと、通説とされる歴史も変わるかもしれません。

  • avatar

    2001.07.18 半兵衛 さんより

    平成元年〜4年までの発掘調査から、枯山水、井戸、虎口などを復元、公園化されている。天守は史実に基づいたものではない。東門(大手門)側の空堀跡が見事。その規模が分かる。公園は毎週火曜日休園。

口コミ投稿

ささ、あなたの知っている池田城ネタをご投稿ください

あわせて読みたい