- 豪徳寺山門の脇の土塁。世田谷城跡公園の空掘り。住宅地のためほとんどの遺構が破壊されているが、上記だけかろうじて残っている。
[田村靖典 (2000.07.06)]
- 室町時代初期、 鎌倉府の支えとして 足利氏一族の吉良治家の築城。吉良氏は世田谷御所様・吉良殿様 と呼ばれ権勢を誇っていたが。 戦国期には、台頭著しい北条氏の傘下に入っていた。天正18年(1590)、豊臣秀吉による小田原征伐の時、北条氏が降伏した為、 その時の当主・氏朝は豊臣に降伏し開城。 世田谷城は二百年の歴史に幕を下ろし、廃城となった。城壁の石材等は徳川氏の江戸城修築の材となったと言われる。
[田村靖典 (2000.07.06)]
- 交通:[鉄道] 小田急小田原線、豪徳寺下車、徒歩15分。豪徳寺境内が城跡。
[田村靖典 (2000.07.06)]
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