- 天正8年(1580)、細川藤孝・忠興が築城し、京極高広の代に完成した。丹後半島の付け根に位置し、宮津湾を望む城だった。
[右近 (04.02.07)]
- いまやほとんど遺構が無いと言ってよい城址で、かつてはここに近世城郭があった。本丸と二の丸を内堀の中に、三の丸は海に向かって城を囲むようにあったそうだ。今は城下町の方が色濃く残る。
[半兵衛 (05.04.14)]
- 大手川改修工事で大手川の東岸から、南西に位置する切戸口門の枡形虎口跡から、野面積み石垣や周辺から石組みの排水溝や柵の跡が見つかったそうな。
[キム (06.08.23)]
- 国道176号線沿い、宮津駅方面から大手川にかかる新大手橋手前、太田病院あたりに、くろがね門で使用されていた巨石ひとつとその案内板がある。まずはここを訪れるべし!
[さっさ (05.01.23)]
- この城で見るべきものは、新大手橋手前の巨石、そこから西へ約60mの大手川東側の石垣、宮津小学校裏門として移築された太鼓門の3つ。いずれも徒歩圏内。
[半兵衛 (05.04.14)]
- 巨石は、現在ある場所から南へ80mほどのところにあった本丸の入口であるくろがね門の石垣のひとつだそうだ。
[右近 (04.02.07)]
- 宮津駅で観光マップをGETしよう。案内板の場所や、移築された太鼓門、壮大な三上家住宅など城下町の町屋や寺院の場所が分かる!
[半兵衛 (05.04.14)]
- 宮津駅近辺から大手川までのエリア一帯が城だった。宮津駅は三の丸の中。今の町割にほぼ重なるかたち。
[半兵衛 (05.04.14)]
- 大手川には「大手橋」と「新大手橋」がかかるが、大手橋東側が大手門のあったところ。
[半兵衛 (05.04.14)]
- 大手川の東岸(「大手橋」と「新大手橋」の間)には、三の丸跡の案内板があるぞ。昭和58年(1983)の発掘調査で、石垣遺構や天目茶碗が出土したそうな。
[半兵衛 (05.04.14)]
- 城ばかり目的にしていると、ついつい見落としがちだが日本三景のひとつ「天橋立(あまのはしだて)」がすぐ近く。
[半兵衛 (05.04.14)]
- 交通:[鉄道] JR舞鶴線・小浜線、西舞鶴駅から、またはJR山陰本線・福知山線、西舞鶴駅から、北近畿タンゴ鉄道へ乗換、宮津駅下車、徒歩10分。
[自動車] 舞鶴若狭自動車道、綾部JCTから京都縦貫道、宮津・天橋立ICより国道178号線へ。駐車場無し。
[半兵衛 (05.04.14)]
- 撮影アドバイス:宮津小学校に移築された太鼓門は東向き、巨石は北向き、大手川東側の石垣は西向きなり。
[半兵衛 (05.04.14)]
- 宿泊:「天橋立」がすぐ近くだからホテルも多い。こちらで
要チェック!
[半兵衛 (05.04.14)]
- 歴史スポット:城下町の中に、三上家住宅や、最後の宮津藩主、本荘宗秀 宗武の墓などなど。また宮津小学校に移築された城門は見ておきたい。近郊の城では、こことセットで田辺城を攻めてみて!
[半兵衛 (05.04.14)]
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