- 平成9年に五の平櫓、六の平櫓、門などが復元されました。この五の平櫓、天守と二重櫓とともに昭和3年ごろまでは現存していたのですが、自然倒壊してしまいました。昭和15年に天守と二重櫓の修復が行われたのでもう少しはやく修復していれば「現存」となれたのですが・・・しかし二重櫓の修理の際には五の平櫓の遺材を用いて行われました。
[氏綱 (2006.5.23)]
- 備中国のど真ん中の臥牛山と呼ばれる478mの山の一つの峰に備中松山城があります。臥牛山に城を築いたことは、側に高梁川という南北に貫く川が流れており、水陸交通の要所だったことからもうなずけます。山の全景は牛の背中に見えます。もともとは松山と呼ばれていたらしいのですが江戸時代くらいから老牛が腹ばいになり草を食べている姿に似ていると臥牛山と呼ばれるようになったそうです。臥牛山というネーミング、なぜか全国に多いですね。
[半兵衛 (1998.09.28)]
- 備中松山城は山城ですが、中世のものとは時代が違い高石垣などがある近世のものです。臥牛山そのものは北から大松山、天神の丸、小松山、前山(下太鼓丸)という4つの峰からなっており、松山城は小松山(標高430m)を中心に築かれていて、天守閣のある城としては日本一高い場所にある城といわれています。誰が決めたか日本三大山城の一つ。
[半兵衛 (1998.09.28)]
- 最後の城主は板倉氏。幕府の中枢に近い家だったため明治新政府が城の破却を求めたそうですが、高い山の上の城だったので「解体しました」とごまかしてそのまま放置してたそうです。そのため、このお城は解体を逃れて、今の偉容を誇っています。
[武田屋 (1998.12.18)]
- 巧妙に削りだした岩盤に載る石垣が見どころ。こんな高所に築城するなんて孤立必定、防御には逆効果でっせ。
[城山神々 (98.05.19)]
- 天守の周りにぎょうぎょうしく高圧電線が巻いてありました。「防犯用ですか?」と係りのおじさんにたずねると「猿除けです」。たまに、猿が城を乗っ取ってしまうようですね。今も巻いてありました。
[じぇみ (97.11.06)]
- トイレは2ヶ所。駐車場と城中の黒門跡を越えて左へ。黒門のトイレ(紙もある)は城主のものか!?と思えるほど、他の城のトイレと比べても抜群にきれい。
[半兵衛 (1997.11.06)]
- 開館:AM9:00〜PM4:30、大人300円、小中学生150円、休館12/28〜1/4。
[半兵衛 (1997.11.06)]
- 交通:[鉄道] JR伯備線、備中高梁駅下車、タクシー10分で山腹まで。帰りはタクシー運転手さんから城の写真入りの名刺をGETし、中腹の駐車場にある公衆電話で迎えに来てもらうと良し。(有)高梁中国交通 TEL.0866-22-8181。タクシーを降りてからは、徒歩15分程度で城の主要部に入る。駐車場からのルートは2つ。5分ほど余計にかかるが歩きやすいアスファルトの道か、歩きにくいが蛇や猿と会うことができる他、登城者をはげます看板が歓迎してくれる山道か、さてあなたはどちらを選ぶ?(山道がお奨めですよ)
[自動車] 無料駐車場(15台)有り。
[半兵衛 (1997.11.06)]
- グルメ:駅前商店街の「なかた」で和食を。値段も安くおいしい。ここがしまっていれば線路沿いの「味の伊知」へ。備中松山城の形の重箱「三重のごはん」を食べてあなたも城ファンに。
[半兵衛 (1997.11.06)]
- 歴史スポット:城下町の郷土資料館2階には、城の模型がある。ちなみにこの郷土資料館は、明治初期の建築物でなかなかきれいだ。ちょっと汗をかくかもしれないが駅から徒歩で行ける距離。また、家老(160石-現在の部長クラス)の武家屋敷石垣など保存、公開されている。タクシーの運転手さんに聞くと教えてくれる。それにしても町ぐるみで保存しているのは、すばらしい。その他、城から見て駅を挟んで反対方向には、山名鹿之助の墓がある。なんでも山名鹿之助が打ち首された場所とのこと、骨は入っていないらしい。福山など各地に分骨されているとのこと。「いや〜あそこは、誰も行きませんよ」と地元の方。
[半兵衛 (1997.11.06)]
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