写真:岡 泰行

津和野城の見どころと歴史資料
津和野城の見どころと歴史資料

江戸時代の城下町の風情を今でも色濃く残し、「山陰の小京都」と呼ばれる津和野町。町の西側、標高367mの城山を見上げると、山城に連なる石垣が見える。約700年の歴史を誇る、津和野城(つわのじょう)である。2度にわたる元寇を受けた西国の防衛強化策の一環として、地頭に任ぜられた吉見頼行(よしみよりゆき)が永仁3年(1295)から築城をはじめたと言われる。時代は下って慶長5年(1600)、関ヶ原の戦いを経て毛利輝元が防長2国に減封されると、毛利氏の家臣となっていた吉見氏に替わり、宇喜多一族で関ヶ原の戦いでは東軍に就いた坂崎直盛(さかざきなおもり)が城主となった。

直盛は元和2年(1616)にいわゆる「千姫事件(内容には諸説あり)」で改易されるまでの間、津和野城を野面積みの石垣を多用した近世城郭に作り替えるとともに、城下町の整備に努めた。城の普請で特徴的なのは、三重の天守が本丸ではなく二の丸に置かれていることや、約200m離れた尾根に出丸を設けていることである。最も高所の本丸から周辺に人質曲輪や二の丸、三の丸、太鼓丸を三方向に配置。約670平方メートル、三階建の天守、櫓14棟、城門6つがあり、山城としては大規模な城だった。

直盛の後には因幡国鹿野(いなばのくにしかの)から亀井政矩(まさのり)が入封。以降、津和野城は明治維新まで亀井氏の居城として続く。天守は貞享3年(1686)に落雷で消失し、以後再建されなかった。明治7年(1874)には、津和野城のほとんどの建物が取り壊される。その後は公園化され、毎年約100万人が訪れる津和野観光のシンボルとなった。中腹辺りまでリフト(昭和46年(1971)開通)で登り、そこから徒歩で遺構を見て回るとともに、山上からの風景や城下町の風情も大いに楽しみたい。

津和野城の人質曲輪
三の丸から望む人質曲輪(手前)の高石垣は城内一の高さ約10m。奥は本丸。

津和野城の天守台
本丸から見下ろした位置の天守台跡。かつては三層の天守が建てられていた。

津和野城本丸からの眺め
津和野城と並ぶ町の自慢の風景。美しい山容の青野山(標高907m)は火山。

津和野城の馬場先櫓
津和野藩の御殿跡の隅に建つ馬場先櫓。赤い石州瓦に当時の様子が偲ばれる。

津和野城の撮影方法
津和野城の撮影方法

津和野城の紅葉津和野城は、山陰で比類なき規模の石垣を残す古城。秋には、モミジやケヤキの紅葉がその石垣風景を彩ります。グレーの色に赤い差し色。この美しさでは屈指の城跡です。晩秋には朝霧に包まれることも。

津和野城周辺の歴史重視の観光史跡スポット
津和野城周辺の歴史重視の観光史跡スポット

山陰の小京都とも呼ばれる城下町。「文豪森鴎外旧宅」白壁土塀の町並など。中でも津和野川御幸橋脇の「馬場先櫓」「物見櫓」は見ておきたい。

津和野城のおすすめ旅グルメ
津和野城のおすすめ旅グルメ

基本は麓または城下町で「いなり寿司」を。山、川と両方楽しめる津和野。いっそのこと山菜料理を武家屋敷「沙羅の木松韻亭」津和野町本町で。川魚料理なら、鯉や山フグの刺身など「遊亀」津和野町本町。その他、津和野では、うずめめし、つわぶきめし、いも煮などがあるらしい。

津和野城のアクセスと観光情報
津和野城のアクセスと観光情報

所在地

住所:島根県鹿足郡津和野町後田 [MAP] 県別一覧[島根県]

電話:0856-72-1771(一般社団法人津和野町観光協会)

開館時間

津和野城観光リフト往復450円(9時〜16時半)。

アクセス

鉄道利用

JR山口線、津和野駅下車、鴎外旧宅・長野行きバス5分「森」降車、徒歩10分、リフトで山頂まで5分、そこから徒歩10分で出丸跡。駅にレンタルサイクルも

マイカー利用

中国自動車道、山口ICから。無料駐車場(150台)有り。

津和野城の旅のチェックリスト (5)

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    なお津和野城訪問には後日談があり、本城到着の少し前から頭痛がし始めてこの後に浜田まで行ったのですが、その頃には頭痛で動けない有様でした。頭痛は旅館で薬をもらい1時間程寝たら治りましたが原因は解りませんでした。湿度が高かったのが原因なのかな〜と思っていたのですが先日、現像に出していた写真を撮影順に見ていると…写真の端っこになんか白い玉が写っているではないですか!?まさか…と思いながらも次の写真をめくると、そ、そこには思いっきりアップで白い玉が〜!!しかも写真に写っているその場所は頭が痛くなり始めた場所ではないですか!?今まで色んな城跡に行ったのですがこんなものを写った事も経験した事もなかったのに…。なんか怪談落ちみたいになってしまいましたが皆さんも気を付けましょう。気を付けた所でどうにもならないと思いますが…。津和野城は一度も戦場になっていないと思うので家族と協議した結果、多分フラッシュの光が朝の雨に反射したのではとの結論に達しました(そう思うことにしました)。しかしこの写真は処分すべきでしょうねぇ。

    (1999.07.25 吉田 豊太郎)

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    朝から雨が降ったり止んだりの生憎の天気で、午前10時頃にリフトで登ったのですが、誰もまだ訪れていなかったらしくリフト管理のおじさんが遊歩道の入口のロックを外してくれました。そこから5分程でまず出丸(織部丸)に到着したのですがいきなりマムシが道の真中にいるではないですか!危ない危ない、と注意しながら一通り写真を撮ってさらに遊歩道を進んで行くと本城部に10分程で到着。中々ナイスな石垣ですな〜と散策したのですが、東門跡付近の石垣が崩壊しかけている為か石垣に網が張られており、また仮設通路が設置されてあったり、通行止めとなっている部分があったのが残念です。

    (1999.09.01 吉田 豊太郎)

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    津和野城は、標高370mの城山に築かれた山城で現在は石垣が残る。眼下に城下町を望むことができる。春は桜、秋は紅葉が美しいとのこと。9月〜4月は雲海が出ることも。

    (1999.09.01 又兵衛)

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    山陰の小京都とも呼ばれる城下町津和野。標高367mの山城、津和野城があった。津和野川に沿って広がる津和野盆地を見下ろす要衝。最も高所に本丸を置いて、周辺に人質曲輪や二の丸、三の丸、太鼓丸を三方向に配置。山城としては大規模。約670平方メートルの広さ。三階建の天守、14の櫓、6つの城門があった。明治4年(1871)に建物は解体、昭和46年(1971)、山頂へのリフトが開通。

    (2017.09.10 shirofan)

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    天守は本丸より一段低い場所に置かれた(天守は貞享3年(1686)に落雷で焼失)。現存する櫓は馬場先櫓と物見櫓。いずれも麓にある。うち、馬場先櫓は、場所も当時の位置。

    (2017.09.10 shirofan)

城の情報

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