岩村城は、文治元年(1185)に加藤景廉が築いたと伝わり、戦国期には女城主の伝説でも知られる山城だ。標高717mの山上に築かれ、高低差180mの地形を利用した要害で、日本三大山城の一つに数えられる。現在は曲輪群や石垣などの遺構が残り、山城ならではの景観が見どころ。このページでは岩村城の歴史や見どころを豊富な写真とともに紹介する。
写真:岡 泰行(城郭カメラマン)
岩村城の歴史と見どころ
岩村城の関連パンフレット
無償配布のパンフレットは、『岩村歴史資料館』のA4三つ折パンフ、または、『東美濃の山城』東美濃歴史街道競技会「東美濃の山城」推進部会発行・A48ページ、カラー、無料。岩村城と岩村城下町、美濃金山城、苗木城跡の代表的な見どころと縄張図を掲載。それぞれのグルメや周辺情報を掲載している。
岩村歴史資料館
岩村藩主邸跡に建てられた資料館で、岩村城の鬼瓦(家紋があしらわれている)や藩主邸の太鼓櫓にあった太鼓が展示されている(出丸の太鼓櫓にあった大太鼓は豊川稲荷に現存している)。そのほか、岩村城の模型などがある。そのほか『地域的聚落史的に眺めた岩村城下町』『岩村藩歴代藩主略譜』『岩村藩藩士歴世略譜(上・下)』など関連書籍も販売されている。
岩村城の撮影スポットと絶景
有名スポットは3ヶ所。麓の太鼓櫓付近、石垣が段々に重なる六段壁、出丸から本丸の高石垣の風景。前者2つは午前、出丸からの撮影は午後が適している。このページのメインの写真は、六段壁の近辺で東曲輪から本丸を仰ぎ見た図。やはり午前が適している。
岩村城の写真集
城郭カメラマンが撮影した「お城めぐりFAN LIBRARY」には、岩村城の魅力を映す写真が並ぶ。事前に目にしておけば現地での発見が鮮やかになり、旅の余韻もいっそう深まる。岩村城とあわせて訪ねたい史跡
岩村城下町
城下町は重要伝統的建造物群保存地区。一般公開されている木村邸、土佐屋をはじめ旧家が多い。高札場やなまこ壁、めずらしい家屋としては藩政時代に火縄銃や槍の製造をしていた一部土蔵造りの鉄砲鍛冶などがある。
移築城門、徳祥寺山門
岩村城の土岐門が徳祥寺に移築現存している。もとは鶴城の城門だったが土岐氏との戦いの戦利品として、岩村城二の門(土岐殿門)として移築された。明治6年に徳祥寺の山門となっている。
そのほかの史跡
また、大将陣は、岩村攻めの織田軍の本陣跡で岩村城の正面に位置し、城主秋山信友・修理夫人が磔にされた場所でもある。現在は碑が建つ。おあと、大名墓地や移築された土岐門(徳祥寺山門、岩村町飯羽間)など。お城では、同じ明智鉄道で終点明智駅から明智城(白鷹城)。またはもう一つの明智城、名鉄明智駅からの明智長山城など。
また、城下町の本通りの家々では、平成4年頃から、女城主の里として、家族の女性の名前を記した、のれんを掛けている。この地でのみ見られる面白い試みだ。
岩村城周辺の名物料理
「かんからや」地元の人が足繁く通う、かんから餅とうどんの店。かんから餅一皿350円は岩村でもここだけのメニュー。うどんの出汁は関西風。岐阜より北に行くと薄味になるそうだ。城下町のメインの通りに面しており駅から城までの間にある。通りに人が少なかったが、店に入るとうって変わって活気があり満席という具合だった。岩村は観光向けにもいくつか店があるが、是非、出汁の利いたうどんと独特の餅をここで食べてほしい。
岩村城の観光情報とアクセス
所在地
住所:岐阜県恵那市岩村町城山 [MAP] 県別一覧[岐阜県]
電話:0573-43-3057(岩村歴史資料館)
開館時間
岩村城は散策自由。岩村歴史資料館は、4~11月はAM9:00~PM5:00、12月~3月はAM9:30~PM4:00まで。月曜、年末年始(12月29日~1月1日)休館。
アクセス
鉄道利用
JR中央本線、恵那駅乗換、明智鉄道、岩村駅下車、徒歩約25分で登山口の岩村歴史資料館。
マイカー利用
中央自動車道、恵那ICから南へ約15km(約22分)。岩村歴史資料館(岩村藩主邸跡)の無料駐車場(約30台)を目指す。資料館から徒歩で登城する。または、山頂の本丸下の出丸に無料駐車場(20台)有り。
岩村城観光に便利なホテル
城に一番近い「岩村山荘」。城下町に一番近いのは「マルコ旅館」。
岩村城:城ファンの知見と記録
岩村城を訪ねた人たちが残してきた記録です。現地での発見や知見が寄せられ、城歩きの文化の中で育まれてきた経験がここに蓄積されています(全8件)。
岩村城での発見を記録に残しませんか?
岡 泰行 | 城郭カメラマン [プロフィール]
1996年より日本各地の城郭を訪ね歩き、取材と撮影を続けている。「先人たちの知恵とおしゃれ心」をテーマに、四半世紀にわたり城のたたずまいと土地の風土を記録してきた。撮影を通して城郭に宿る美意識を見つめ、遺構や城下町の風景に残る歴史の息づかいを伝えている。作品は書籍、テレビ、新聞など多くのメディアで紹介され、城の美しさと文化を広く発信している。







日本三大山城の高さは、高取城(海抜583m、城下町から比高446m)、備中松山城(海抜430m、比高290m)、岩村城(海抜721m、比高150m)。
明智鉄道、岩村駅にある「岩村町御用承り処」というところで城下町のマップをGET!ここでは地元ならではの情報をいろいろ教えてくれる。ちなみに城址はポイントごとに挿し絵付きの説明板が設置されており見所が分かる。
城内の土岐門跡は、遠山氏が土岐氏を破った際にその城門を移築したことから名が残るそうで土岐門は現在、徳祥寺(岩村町飯羽間)に移築現存しています。
冬は結構雪が積もります。気をつけて歩いてね!自分は人が少ないのをいいことに帰りダンボール紙にまたがって滑って降りてきました。
余談ですが地元では城下の浄光寺で冠婚葬祭をここで行うのがステータスと聞きました。
高いところに築城されたお城で登るのが大変ですが、登りつめる度、期待で心臓の音が高鳴ります(標高700mの山道を登れば当たり前か)。天主台は今はないが、目を閉じれば浮かんでくるよう。まだ行かれたことのない方は一度訪れてください。
日本三大山城の一つで標高721mともっとも高いところにある城址です。女城主の里と呼ばれ城主が女性だったこと。城内には17にも及ぶ井戸があり、800年もたった今でも10数個の井戸が今も水をたたえています。
蛇骨を井戸に投げ込むと霧が発生するといわれ、霧のお城と呼ばれていた。町中も、昔ながらの城下町が広がり長崎にカステラが伝わった当時と同じ製法で作られている店があり、全国から人が訪れています。また、岩村酒造ではわき水を使ったお酒が昔から造られています。