彦根城
彦根城は慶長8年(1603)に井伊直継が築城を開始した井伊家の居城だ。琵琶湖畔の金亀山に築かれ、国宝天守や天秤櫓、登り石垣など実戦的な縄張りが残る。現在は玄宮園や現存建築、城下町の景観も楽しめる。このページでは歴史や構造、見どころを豊富な写真とともに紹介する。 ▼続きを読む
白石城
白石城は、もとは白石氏の城と伝わり、天正19年(1591)の奥州仕置の後に蒲生氏の家臣が入り近世城郭として整備された城だ。野面積みの天守台を持つ本丸を中心に石垣が連なり、城内には三階櫓や大手門が置かれた。現在は三階櫓や大手一ノ門・二ノ門が木造で復元され、往時の姿を今に伝えている。このページでは白石城の歴史や構造、見どころを豊富な写真とともに紹介する。 ▼続きを読む
津和野城
津和野城は永仁3年(1295)に吉見頼行が築城を始め、関ヶ原後は坂崎直盛が近世城郭へ改修し、その後は亀井氏の居城となった。標高367mの城山に築かれた大規模な山城で、二の丸に天守を置く構造や高石垣が特徴だ。現在は石垣や曲輪が残り、本丸から城下町や青野山を望む景観も魅力。このページでは津和野城の歴史と構造、石垣遺構や見どころを豊富な写真とともに紹介する。 ▼続きを読む
大洲城
大洲城は、鎌倉末期の元弘元年(1331)に宇都宮豊房の地蔵ヶ岳城を起源とし、天正から慶長年間にかけて近世城郭として整えられた。肱川の左岸に築かれ、複連結式天守を構成した櫓群などが今に伝わる。平成16年(2004)には木造天守が復元され、川越しの景観も見どころとなっている。このページでは大洲城の歴史や遺構のほか、旅情あふれる城下町や撮影スポットを、豊富な写真とともに紹介する。 ▼続きを読む
清色城
清色城は、南北朝期に入来院氏が本拠として築いた中世山城。シラス台地を削り出して築かれ、多数の曲輪を空堀や堀切で区切る縄張が特徴。現在も鋭い空堀や曲輪群がよく残り、南九州の中世城郭の姿を伝える。このページでは清色城の歴史や構造、見どころを豊富な写真とともに紹介する。 ▼続きを読む
越前大野城
越前大野城は金森長近が天正4年(1576)から4年かけて築き、天和2年(1682)入封の土井氏が幕末まで治めた。大野盆地の独立丘陵・亀山に立ち、野面積み石垣や武者登りの石段が残る。晩秋は雲海に浮かぶ姿も見どころだ。このページでは歴史と遺構、雲海撮影や城下町散策を豊富な写真とともに紹介する。 ▼続きを読む
長浜城
長浜城は、浅井氏滅亡後に湖北三郡を与えられた豊臣秀吉が、琵琶湖沿岸の今浜に築き長浜と改名した城。湖上交通の要衝に築かれ、城下町と一体となって発展した水城だ。現在は豊公園として整備され、太閤井戸や石垣遺構、復興天守が往時をしのばせる。このページでは長浜城の歴史や見どころ、撮影スポットを豊富な写真とともに紹介する。 ▼続きを読む
龍野城
龍野城は明応9年(1500)頃に赤松村秀が鶏籠山へ築き、寛文12年(1672)に脇坂氏が入封して藩政の拠点となった。鶏籠山の中世山城と麓の御殿式の近世城郭が対をなす。再建された多聞櫓や埋門に加え、重伝建の城下町が歩き撮りの楽しみを深める。このページでは歴史、見どころ、移築城門や散策の要点を豊富な写真とともに紹介する。 ▼続きを読む
近江八幡山城
近江八幡山城は天正13年(1585)、豊臣秀吉の甥・豊臣秀次が近江43万石を与えられて八幡山に築いた城。山頂に本丸や曲輪を配し、山腹には居館や重臣の館を置く石垣の山城だった。現在は石垣や曲輪跡が残り、山上からの眺望や城下町に残る八幡堀の景観も見どころ。このページでは近江八幡山城の歴史や構造、城下町の見どころや撮影スポットを豊富な写真とともに紹介する。 ▼続きを読む
出石城
出石城は慶長9年(1604)、有子山城の麓に入った小出氏が山上の城を廃して築いた城で、のちに松平氏、仙石氏の居城となった。曲輪を段状に配した縄張りを持ち、背後の有子山城と連動する構造が特徴で、天守は築かれなかった。現在は本丸西隅櫓・東隅櫓が再建され、城下には大手門跡の櫓台を基礎とする辰鼓楼などの風景が残る。このページでは出石城の歴史と構造、城跡や撮影ポイントを豊富な写真とともに紹介する。 ▼続きを読む
尼崎城
尼崎城は元和4年(1618)、戸田氏鉄が徳川大坂城西の守りとして築いた水城。中国街道を城内に取り込む広大な縄張りが特徴。2018年に西三之丸跡で天守が外観復元され、周辺の石垣石や寺町散策も楽しめる。このページでは歴史と構造、見どころと巡り方を豊富な写真とともに紹介する。 ▼続きを読む






