尼崎城

住所:兵庫県尼崎市北城内27 / 兵庫県の城 / 城ファンチェック: 8

写真:岡 泰行

尼崎城の開城時間尼崎城の開城時間

尼崎城址公園は散策自由。
公園内に復元天守があり、開館は9時〜17時(入城16:30)。料金は下記サイトをチェック。天守内の展示は体験型もありちょっと面白い。なお、天守開館時間外でも、天守のすぐ側まで近寄ることができる。

なお、尼崎城の城域を知るには、西の外堀庄下川、尼崎城址公園(西三之丸跡・復元天守)、櫻井神社、明城小学校(本丸跡)、尼信会館(10時〜16時月曜休館)、寺町を歩くと良い。所要時間は徒歩約1時間30分といったところか。

尼崎城のアクセス・駐車場尼崎城のアクセス・駐車場

鉄道利用

阪神電鉄本線、尼崎駅下車、徒歩3分。

マイカー利用

阪神高速3号神戸線、尼崎東ICから約5分(1.2km)、または、阪神高速5号湾岸線、尼崎東湾岸ICから約20分(11km)、復元天守前に有料駐車場(18台)有り。

尼崎城の文献資料尼崎城の文献資料

尼崎城の歴史

元和4年(1618)に戸田氏鉄により新しく築城された尼崎城。徳川大坂城の西の守りという役割があった。戸田氏、青山氏、松平氏と代々譜代大名が藩主と務め明治維新を迎え、明治6年(1873)、廃城が決まる。その後、開発で姿を消していくが、2018年、西三之丸跡(尼崎城址公園)に天守が外観復元された。巨大城郭の遺構が消えた経緯もチラリ。

書籍『尼崎城研究資料集成』

『尼崎城研究資料集成』(尼崎市教育委員会)2020年1月発行。尼崎城の平面図や絵図、また尼崎城跡で行われた発掘調査や城下町の研究成果を尼崎市教育委員会がまとめた一冊。当時の姿を知ることができる。

書籍『尼崎市史 第2巻』

『尼崎市史 第2巻』(尼崎市役所昭和43年発行)は安土桃山時代、大坂の役時代の尼崎から、近世尼崎城の構築と城下町、幕末の動乱などを読み解くことができる。「尼崎市立地域研究史料館(尼崎市総合文化センター内)」で閲覧できる。同資料館には『地域史研究』が刊行されており、尼崎の歴史についてさらに知ることができる。2020年3月には『尼崎城研究資料集成』(尼崎市教育委員会発行)A4判 オールカラー印刷 全140ページが発行された。

現地パンフはこの2冊をGET

『尼崎城を知る』現地パンフ『尼崎城を知る』(製作:尼崎市)は、復元天守内等で配布されている。歴史沿革に加え、縄張りや天守、姿を消した尼崎城など、尼崎城を知ることができるパンフ。また同時に『寺町イラストマップ』もどうぞ。内容が実に良くトリッキーなデザインで面白い。全国の寺町でこういった形でまとめられたパンフレットを見かけたことがない優れもの。

尼信会館

尼信会館の尼崎城復元模型寺町の南にある「尼信会館(尼崎信用金庫)」の2階常設展示で、尼崎城の精巧な復元模型と資料が展示されている。尼崎藩旧藩主櫻井家ゆかりの国の重要文化財「太刀銘守家」(桜井家の家紋「九曜紋」が掘られている)や、櫻井松平家の火縄銃、巨大な尼崎城平面図(尼崎市指定文化財)、尼崎城復元天守内でも一部が拡大展示されているがその原本「尼崎城分間絵図」(尼崎市指定文化財)がある。この絵図は城を内側と外側から描き実測寸法が記載されたもので巻物となっており、所有は櫻井神社で尼信会館に委託されている。尼信会館は、銀行が運営する資料館で世界のコインミュージアムも併設されてることもあってか、兵庫県下の藩札も展示されていて面白い。尼信会館は2001年の開館で無料で見られる。

尼崎市立文化財収蔵庫

本丸跡とされる明城小学校の北側にある「尼崎市立文化財収蔵庫」で、尼崎城と周辺城下町の復元模型が見られる。2018年年末から2020年3月下旬まで工事中(予定)で休館中。

尼崎城の撮影スポット尼崎城の撮影スポット

天守は左右反転の外観復元

尼崎城尼崎城の外観復元天守は、左右に連結した多聞櫓の一部とともに外観復元されている。がしかし、その姿は、見栄えや導線を考慮して、本来の姿を左右反転(鏡像)させて外観復元されたものであることを覚えておこう。ちなみに位置も異なり、本来の天守は、本丸跡とされる明城小学校付近で、復元された天守は西三之丸に位置している。余談ながら戸田氏鉄が建てた天守は、四層四階だが、平成に復元された天守は四層四階地下一階の五階建て(城は石垣内を地下とカウントする)、鉄筋コンクリート造りだ。

天守のメインカットの撮影は、天守の南側に広がる広場からどうぞ。芝生が広がっているがこれは人工芝。よって冬でも青々と見えるので季節感の心配は無いと言っていい。

尼崎城のグルメ尼崎城のグルメ

尼崎名産の水飴

尼崎名産の水飴尼崎城復元天守のすぐ近くに、水飴の名店がある。「ヒノデ阿免本舗」といい、創業百余年。明治の初頭からある水飴の老舗だ。砂糖を使わない和のスイーツが楽しめる。お米を原料としていて、実にあっさりとした味わい。煮物などの味付けにも使えるとのこと。場所はちょうど、復元天守から櫻井神社に足を運び、西の外堀である庄下川にかかる開明橋を渡ったところ。店舗の外観も町屋造り風でどこか城を意識させる白漆喰。阪神淡路大震災を期に建て替えたのだとか(日曜・祝日は定休日)。余談ながら、開明橋の欄干には尼崎城の縄張りと城下町の町割がデザインされているので、ちらりと見ておこう。

現存最古の中華蕎麦

この辺りの有名店と言えば中華料理「大貫(だいかん)」本店。大正元年の創業の現存で最古といわれる中華蕎麦店。創業から変わらない足踏みたまご麺の中華蕎麦や、長年追い足しされた醤油ダレで作られる焼飯が名物だ。

そのほか、尼崎城周辺では飲食店は無いのだが、阪神尼崎駅の駅構内、または駅の北側にある中央商店街へ足を向ければ、いろいろな飲食店が軒を連ねている。寺町の帰り道などにどうぞ。

尼崎城近郊のホテル・旅館尼崎城近郊のホテル・旅館

阪神尼崎駅北側にビジネスホテルが少々。「ワイズホテル阪神尼崎駅前」、「都ホテル尼崎」など。

尼崎城の歴史観光スポット尼崎城の歴史観光スポット

櫻井神社

櫻井神社櫻井神社本殿の前に、戸田氏九曜紋入りの本丸御殿の棟瓦2枚と、尼崎城外堀にかかっていた橋の石杭(櫻井忠告の句碑)がある。棟瓦はその側面に「上料理之棟」と刻まれていることから、城主などの料理を作っていた場所の棟瓦とされている。本丸御殿は火事により焼失し翌年弘化4年(1847)の再建時のもの。

本丸跡は明城小学校

尼崎城本丸跡は明城小学校尼崎市立明城小学校が本丸跡。校庭には、小さく再現した尼崎城本丸水堀と天守の模型がある。模型は昭和15年、明城小学校の教員と児童によって古写真をもとにコンクリートで作られた。小学校の校門を警備をしてられる方に声をかければ見せてもらえる。

尼崎城址石碑

尼崎城址石碑また、同小学校南西付近の道路上には、尼崎城址石碑があある。この付近は内堀と外堀を結ぶ縦堀のあったところで伏見門が付近にあった。なお、石碑は円柱型で、尼崎城の堀にかかっていた本丸太鼓橋の橋脚を使って作られていると伝わっているそうだ。

佐々成政の墓と寺町

佐々成政の墓尼崎城から西に徒歩8分、600mの距離に「寺町」という臨戦時に砦として機能する地域があり、藩政時代からの古い寺院が11か寺が残されその区割りも当時からさほど変わっていない。この寺町の法園寺に佐々成政の墓がある。天正16年(1588)に法園寺で切腹、ここが終焉の地となる。境内にある墓碑は複製で、本堂内に五輪塔が保存されている(非公開)。法園寺は尼崎城築城に際し、別所町から現在の寺町に移されたのだそう。観光案内所の話によると、法園寺の山門が空いているときはその五輪塔を見ることができる。余談ながら法園寺の前に、たこ焼き屋があるが、14個で200円というびっくり価格、コストパフォーマンスがすこぶる高いお店だった。

大物くずれ戦跡石碑

大物くずれ戦跡の石碑阪神大物駅の北側すぐの公園内に、大物くずれ戦跡の石碑がある(大物(だいもつ)とは地名)。戦国初期の応仁の乱、尼崎の地でも戦があり、三好元長、赤松政祐と戦い、細川高国勢が大敗、総崩れになり大物城に逃げ帰ったとされている。その後、細川高国は廣徳寺で切腹した。廣徳寺は尼崎城築城に際し、大物から尼崎の寺町に移転している。

尼崎城の口コミ 城ファンチェック (8)

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    1996.05.13 半兵衛 さんより

    上の写真の公園は外郭のほんの一部。城址と呼べない?

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    1996.05.13 半兵衛 さんより

    現在は、尼崎城址公園としてちょっとした公園。城としての建造物は復興土壁と復興石垣のみ。資料館はなく、城内小学校・中学校が本丸跡。小学校校内に本丸太鼓橋の橋脚を用いた石碑と、復興の模型がある。

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    1999.02.02 西山忠博 さんより

    城内小学校南西部の南向きの塀に尼崎城趾の石碑がありますが、これは尼崎城の堀にかかっていた橋の橋脚だそうです。

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    1999.03.03 西山忠博 さんより

    明治維新後に取り壊され、遺構が残っていない尼崎城ですが、最近、かつて外濠であった庄下川の堤防工事の際、石垣の一部が姿を現しました。場所は尼崎中央図書館の西に掛かる開明橋の南側たもとの左岸です。平成11年2月現在、工事の足場の影になってはいますが、向こう岸から見ることができます。高さは水面から1m位出ているでしょうか。何でも、昔の城の石垣の上に旧堤防を作ったみたいで、老朽化した堤防を改修しようとして、下から出現したらしいです。

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    2015.11.26 半兵衛 さんより

    関西では昔から馴染み深いミドリ電化(現エディオン)創業者の方が、尼崎城の天守を私産を投じて建設、尼崎市に寄贈する計画が起ち上がっているらしい。

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    2016.11.25 半兵衛 さんより

    復元される尼崎城天守は、尼崎市立中央図書館の北東に建設が予定され(実際の位置と異なる)、鉄筋コンクリート4層5階の外観復元。築城400年を迎える2018年の完成を目指すらしい。

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    2017.12.23 山は六甲 酒は白雪  さんより

    最近は「尼崎」という地名は、あまり良いイメージは無いみたいだが(笑)、「尼崎」は色々な歴史的見所が多い地域なんだよ。

    この尼崎城、現在はまったく跡形も無く、わざわざ訪ねるほどの場所も無いんだよね。

    一部「尼崎城」を復元したといっても「復元」とも言えないレベルだし。
    復元する予算が無いみたいだね。

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    2019.03.30 山は六甲 酒は白雪 さんより

    兵庫県尼崎市の阪神尼崎駅近くに、尼崎城天守が約145年ぶりに再建された。2019年3月29日から一般公開される。

    天守は鉄筋コンクリート造り5階建てで、石垣部分を含め高さ約24メートル。旧ミドリ電化(現エディオン)創業者の安保詮(あぼあきら)氏(85)が「創業の地・尼崎に恩返ししたい」と約12億円で建設し、市に寄贈した。市は、市内外からの寄付金約1億円と国の補助金約1億円で内部展示を整えた。

    尼崎というと工場の街というイメージですが、歴史も古い街なんですよ。

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