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シリーズ『城の歴史旅』

城ファンが一期一会で出会ってきた城や情報─。
シリーズ『城の歴史旅』は、記憶に残したい見聞を強者たちが紡ぐコラムです。

金沢城五十間櫓(本荘良智)
[File.001] 本荘良智

シリーズ城の歴史旅:『金沢城の未来』

私が初めて金沢城を訪れたのは1993年5月、未だ金沢大学丸ノ内キャンパスだった頃。当時大学が在るのは知っていたのですが、行けば中に入れるだろうと安易な考えで訪れました。金沢駅から徒歩約30分、到着したのは搦手に当たる二つの門と枡形が遺る石川門。お〜!石垣の上に品良く佇んでいる石川櫓。白漆喰と海鼠壁、四隅は黒で纏め凄くシャープで美しい! 入口に何か書いてある⁈説明板もあります…その他…ゲゲ!「大学内は関係者以外立入禁止」そりゃそうですね。観光客に自由に入られたら堪ったもんじゃ無いです。仕方がないので「写ルンです」で何枚か撮りそそくさと撤退(※当時まだデジカメが普及していませんでした(笑))。

因みに、東京大学本郷キャンパス正門は加賀藩上屋敷表御門(御守殿門 現存)通称「赤門」、対して金沢大学丸ノ内キャンパス正門は金沢城三ノ丸搦手石川門(現存)通称「白門」とキャンパスがあった頃は呼ばれていたそうです。

金沢城石川門

金沢大学は1996年に丸ノ内キャンパスを移転します。その後4回程訪れていますが、やはり2013年の二ノ丸の橋爪門・橋爪門続櫓・橋爪橋・五十間長屋・菱櫓・三ノ丸河北門等の復元完成が衝撃的でした。意匠は現存石川櫓・三十間長屋同様に白漆喰・海鼠壁・唐破風出窓の美しい仕上がりです。金沢城で注目すべき所は海鼠壁もそうなのですが、なんと言っても豪華な唐破風出窓です。出窓は「出し」とも言い謂わゆる石落としなのですが、通常の石落としは下面だけへの防御設備です。この出窓は正面・側面・下面と三方向への防御が可能な華麗&強固な防御設備なのです。

金沢城五十間櫓
金沢城五十間櫓
金沢城五十間櫓出し

今年7月18日には城の西側、金谷出丸から玉泉院丸への出入口「鼠多門」「鼠多門橋」の木造復元が完成しました。橋は残念ながら現代の安全基準を満たす為、鋼材を木材で覆う仕上げとなっています。2018年6月に起工、寄進事業も進み、私も非力ながら寄進をさせて頂きました。また寄進者には特典として多門の海鼠壁に貼る瓦や内部壁板裏に名前やメッセージを記入出来るとの事でした。私が書いた内容は内緒です。

金沢城鼠多門

往時は両郭の間に水堀があり(現在道路)木橋で結ばれていましたが、門と橋は明治に解体され門跡は石が積まれ埋められます。調査・発掘により多門は江戸初期の建造が明らかになりました。見学した際、ふっと気がついたのですが金沢城お決まりの唐破風出窓が無い!しかも海鼠壁の目地が黒い!それもその筈です。金沢城は築城から明治の解体までに4回の大火(落雷での天守焼失も含)に見舞われ、江戸時代初期建造の鼠多門の意匠が他建造物との相違が有っても可笑しくありません。見た感じ鼠色なので多門名の由来も肯けました。

金沢城鼠多門
金沢城寄進之証

何処のお城も同様なのですが前田利家公が築城以来、災害や維新で解体・建造が繰り返され現在も二ノ丸御殿復元へ調査発掘中です。これからの金沢城の未来が城好きの私にとっては凄く楽しみとなっております。

(文・写真=本荘良智)

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