写真:Adobe
千葉城:城ファンの知見と記録
千葉城を訪ねた人たちが残してきた記録です。現地での発見や知見が寄せられ、城歩きの文化の中で育まれてきた経験がここに蓄積されています(全4件)。
千葉城での発見を記録に残しませんか?
岡 泰行 | 城郭カメラマン [プロフィール]
1996年より日本各地の城郭を訪ね歩き、取材と撮影を続けている。「先人たちの知恵とおしゃれ心」をテーマに、四半世紀にわたり城のたたずまいと土地の風土を記録してきた。撮影を通して城郭に宿る美意識を見つめ、遺構や城下町の風景に残る歴史の息づかいを伝えている。作品は書籍、テレビ、新聞など多くのメディアで紹介され、城の美しさと文化を広く発信している。







昭和42年に千葉市が歴史的根拠のないデタラメな天守を建ててしまいました。実際には石垣も天守もなかったようです。
本当の姿は、草なぎ剛主演の映画「BALLAD」に出てくるお城を想像してもらえれば良いかと思います。
模擬天守の内部は郷土博物館で千葉氏に関する資料を中心に展示してあります。かつてはプラネタリウムもありましたが今はありません。
城らしい遺構と言えば、模擬天守周辺にある土塁の残骸くらいでしょうか。しかし、その土塁も千葉氏の時代に作られたものなのかどうか怪しいそうです。
(肉まん太郎)
大治元年(1126)、千葉常重が亥鼻山に築城したのが始まりで、居館、櫓などを配置した中世城郭だったそうです。又、戦国時代に勢力は衰え、北条と手を結んだけれども、秀吉の小田原攻めで北条滅亡とともに、同じ道を歩んだそうです。
(レイリア(ぱらたん))
千葉城(亥鼻城)は、千葉市立郷土博物館という名の資料館になっている。
(光秀)
千葉城(亥鼻城)は本当は無かったお城なので郷土博物館という名前になっていると確か聞きました。千葉氏がこの辺りに館を構えていたのは確かなのですが天守閣はもちろん城垣も無かったとか。従って天守閣はよその有名なお城のパクリです。最上階は展望台になっていて望遠鏡が備え付けられているのですが、千葉大附属病院の方だけは真っ暗になって見えなくなるようになっていたのをよく覚えています(20年以上前の話ですが)。
(懸命 筺)