写真:岡 泰行(城郭カメラマン)
神代鍋島陣屋の歴史・見どころ
神代鍋島陣屋(神代城)の由来
神代鍋島陣屋は、神代(こうじろ)にある鍋島家の陣屋。地形地名から別名を、鶴亀城という。神代とは神稲代のことで神田があったことを意味するらしい。神代城の城主は、南北朝時代の神代貴益で、天正12年、神代貴茂で断絶する。天正15年に、鍋島信房が佐賀より入封し明治まで続く。長崎は、海城が多いが、神代城もそれを利用した堀を巡らしていたらしい。
神代鍋島陣屋の撮影スポット・絶景ポイント
神代鍋島陣屋の陣屋門は南向きなのでさほど撮影で苦労しない。春は庭園で緋寒桜、ツツジが咲きほこるらしくお薦め。
神代鍋島陣屋の写真集
城郭カメラマンが撮影した「お城めぐりFAN LIBRARY」には、神代鍋島陣屋の魅力を映す写真が並ぶ。事前に目にしておけば現地での発見が鮮やかになり、旅の余韻もいっそう深まる。
神代鍋島陣屋周辺の観光スポット・史跡めぐり
石垣と竹垣が美しい武家屋敷通り。江戸時代の名残のある家屋が10軒ほどある。一般公開はされていないがその風景を楽しむことができる。詳しくは陣屋門前の現地案内板にて。また、城では、山田城、島原城あたりが近郊。
神代鍋島陣屋アクセス・駐車場・営業時間
地図
神代鍋島陣屋:城ファンの知見と記録
神代鍋島陣屋を訪ねた人たちが残してきた記録です。現地での発見や知見が寄せられ、城歩きの文化の中で育まれてきた経験がここに蓄積されています(全4件)。







庭園の見学は現在も鍋島家の私邸。見学は現地を訪れた際に、右手の事務所で届けの必要がある。
記録:半兵衛 2002
長屋門と石塀は、元禄元年(1688)〜元文5年(1740)あたりに建立されたものだとか。石塀は客に面する表と裏は石の加工具合が異なる。玄関お呼び母屋は昭和4年(1929)、座敷は明治22年(1889)に改築されている。
記録:左近 2002
この陣屋は、神代城三の丸の一角に建てられている。その神代城は、本丸(神代神社)・二の丸(畑・一部庭園)・三の丸・出丸・空堀などが残っている。本の丸と二の丸の間の道は当時堀切だったらしい。城の周りには海水を引き込み、有明海の干満を利用した堀があったそうな。
記録:左近 2002
天正15年(1587)の秀吉の九州平定後、3千石が有馬領から割かれて鍋島氏に与えられ佐賀藩の鍋島氏の飛び領となる。その陣屋の門と堂々たる風格の石塀が今も残る。
記録:左近 2002