最終更新日:2025年7月1日
写真:岡 泰行(城郭カメラマン)
城郭カメラマンが撮影した「お城めぐりFAN LIBRARY」には、佐伯城の魅力を映す写真が並ぶ。事前に目にしておけば現地での発見が鮮やかになり、旅の余韻もいっそう深まる。
住所:大分県佐伯市大手町1-1-1
県別一覧:[大分県の城]
JR日豊本線、佐伯駅下車、バス10分「大手前」降車、徒歩10分。
東九州自動車道、佐伯ICから、約9分(4.0km)。
岡 泰行 | 城郭カメラマン [プロフィール]
1996年より日本各地の城郭を訪ね歩き、取材と撮影を続けている。「先人たちの知恵とおしゃれ心」をテーマに、四半世紀にわたり城のたたずまいと土地の風土を記録してきた。撮影を通して城郭に宿る美意識を見つめ、遺構や城下町の風景に残る歴史の息づかいを伝えている。作品は書籍、テレビ、新聞など多くのメディアで紹介され、城の美しさと文化を広く発信している。
佐伯城を訪ねた人たちが残してきた記録です。現地での発見や知見が寄せられ、城歩きの文化の中で育まれてきた経験がここに蓄積されています(全4件)。
思っている以上に小高くゴツゴツした登山道のよう。登るルートは複数あって地元の人たちがウォーキングに使っている。足元注意、上まで登るつもりなら体力に多少は余力を持って。正門横に駐車場あり。一通もあるので注意。景色は良く穏やかな風景。
記録:城好きの匿名希望 2015
山城域の本丸・二の丸の石垣。平城域の三の丸。なお、三の丸には櫓門が現存。佐伯市船頭町の住吉神社の近くに住吉御殿という公民館があり、昭和45年に三の丸御殿の一部を移築したという(住吉橋から見える)。
記録:じじj 2003
慶長6年に毛利高正が築城。慶長11年に完成した城です。山麓に三の丸櫓門がのこっていて、山頂部の北出丸と二の丸谷を堰きとめた貯水池が残っている。
記録:お城マニア 2003
城山の桜花がとてもきれいです。毛利高政により築城。以後佐伯蕃二万石の城です。
記録:西本義光 2001
佐伯城でのひとときを、そっと記録に残す
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『全日本お城写真コンテスト2026』4月1日より応募開始 あなたもお城写真をコンテストに出してみませんか? 今 …
大阪城の石垣に刻まれた刻印について、その現在地を壁面番号ごとに整理したページを公開しました。 『大阪城の石垣刻 …
大和郡山城は天正8年(1580)、筒井順慶が本拠を筒井城から郡山へ移したことに始まり、豊臣秀長や増田長盛の改修で城郭が整えられた。奈良盆地北西端、西ノ京丘陵南端に築かれた平山城で、三重の堀と石垣が城の骨格を形づくる。復元追手門や天守台、桜の景観も見どころ。このページでは、その歴史や構造、主な遺構や見どころを紹介する。
竹田城は嘉吉年間(1441〜1443)、山名持豊の被官・太田垣氏により築かれたと伝わる山城。播但街道と山陰街道を押さえる古城山に築かれ、三つの尾根に連なる曲輪と野面積み石垣が壮観だ。雲海に浮かぶ景観でも知られる。このページでは歴史、縄張と石垣、雲海撮影の見どころを豊富な写真とともに紹介する。
安土城は天正4年(1576)に織田信長が築いた居城で、天下統一を目指す拠点となった。観音寺城の尾根続きに築かれ、全山に石垣を巡らせた大規模な山城である。現在は天主台や石垣、大手道などの遺構が残り、往時の構造を体感できる。このページでは安土城の歴史と特徴、発掘調査の成果を豊富な写真とともに紹介する。
思っている以上に小高くゴツゴツした登山道のよう。登るルートは複数あって地元の人たちがウォーキングに使っている。足元注意、上まで登るつもりなら体力に多少は余力を持って。正門横に駐車場あり。一通もあるので注意。景色は良く穏やかな風景。
記録:城好きの匿名希望 2015
山城域の本丸・二の丸の石垣。平城域の三の丸。なお、三の丸には櫓門が現存。佐伯市船頭町の住吉神社の近くに住吉御殿という公民館があり、昭和45年に三の丸御殿の一部を移築したという(住吉橋から見える)。
記録:じじj 2003
慶長6年に毛利高正が築城。慶長11年に完成した城です。山麓に三の丸櫓門がのこっていて、山頂部の北出丸と二の丸谷を堰きとめた貯水池が残っている。
記録:お城マニア 2003
城山の桜花がとてもきれいです。毛利高政により築城。以後佐伯蕃二万石の城です。
記録:西本義光 2001