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勝瑞城周辺の観光スポット・史跡めぐり
鳴門市の岡崎城、徳島城、藍の館、阿波十郎兵衛屋敷。 (勝瑞の商人 00.05.08)
勝瑞城アクセス・駐車場・営業時間
勝瑞城:城ファンの知見と記録
勝瑞城を訪ねた人たちが残してきた記録です。現地での発見や知見が寄せられ、城歩きの文化の中で育まれてきた経験がここに蓄積されています(全4件)。
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鳴門市の岡崎城、徳島城、藍の館、阿波十郎兵衛屋敷。 (勝瑞の商人 00.05.08)
勝瑞城を訪ねた人たちが残してきた記録です。現地での発見や知見が寄せられ、城歩きの文化の中で育まれてきた経験がここに蓄積されています(全4件)。
阿波守護として細川氏が入ったのがはじまりで、長曽部氏との有名な中富川合戦で破れるまでは日本有数の平城にして四国の中心であった。旧吉野川を利用して京洛や堺と結ばれ、三好氏の畿内戦略を容易にしただけでなく、大都会勝瑞には千宗易はじめ文化人が多数訪れたと文献や出土品が語る。
現在は見性寺のなかにあり、町が公園として整備中で、櫓のようなものが再建されているが、まさに強者どもが夢のあと。西国36カ国守護の細川氏、戦国の先駆者三好氏の居城跡。あまり知られていないが、昨年の発掘調査で山口大内館と並ぶ全国最大規模の中世城郭であることが判明。田園からの城址が郷愁をさそう。勝瑞城のほとんどは市街化してしまっているが、見性寺の掘がおもかげを残す。
小笠原長清が築いた。細川氏守護所。戦国期は三好氏の拠点のひとつ。三好長慶の弟の三好義賢(1562~62)が城主だった。長曾我部に席巻されたときの唯一の三好方の堡塁。秀吉に救われた。
今は古寺の見性寺がある。鐘楼が印象的。土塁と水堀跡の池が残る。