写真:岡 泰行(城郭カメラマン)
下津井城の歴史と見どころ
下津井城(しもついじょう)は、岡山から瀬戸内海に大きな岬として突出している鷲羽山(わしゅうざん)のふもとにある。ここ下津井は瀬戸の要港だった。もとは宇喜多氏時代に岡山城の出城として機能していたが、慶長8年(1603)に、岡山城主となった池田氏によって、西国大名に備える拠点として整備された。瀬戸内海に見せる近世城郭だった。その後、池田由成が下津井城主となったが、寛永16年(1639)の一国一城令により下津井城は廃城となり、池田由成はほど近い天城に陣屋を構えて移った。なお、大手門跡近くの石垣はそのコーナー部(隅部)を崩した破城の跡が見られる。城跡は瀬戸大橋架橋記念公園の一部として整備されており、東側の突端である中の丸まで足を運ぶことができる。



下津井城とあわせて訪ねたい史跡
下津井古城
下津井城眼下に見える浄山と呼ばれる丘、下津井古城。現在は祇園神社になっているが源平合戦の時代の城跡で神社の北側に石垣が残る。また、その東側の道路に面した箇所にある削平地とその石垣は御台場跡。または、この位置だと常山城(岡山県玉野市藤木)が近い。JR常山駅下車、徒歩すぐで登山口。車で山頂付近まで上がれる。
天城陣屋跡
天城陣屋跡は、倉敷天城高等学校付近で、遺構はすぐ近くの静光寺に陣屋の門が移築されているのみ。同校第二グラウンド入口には、お茶屋と呼ばれる石碑が建つ。またこの天城の正福寺に、下津井城の城門が移築され残っている。JR瀬戸大橋線・宇野線、茶屋町下車。
下津井城の観光情報とアクセス
下津井城:城ファンの知見と記録
下津井城を訪ねた人たちが残してきた記録です。現地での発見や知見が寄せられ、城歩きの文化の中で育まれてきた経験がここに蓄積されています(全4件)。
下津井城での発見を記録に残しませんか?
岡 泰行 | 城郭カメラマン [プロフィール]
1996年より日本各地の城郭を訪ね歩き、取材と撮影を続けている。「先人たちの知恵とおしゃれ心」をテーマに、四半世紀にわたり城のたたずまいと土地の風土を記録してきた。撮影を通して城郭に宿る美意識を見つめ、遺構や城下町の風景に残る歴史の息づかいを伝えている。作品は書籍、テレビ、新聞など多くのメディアで紹介され、城の美しさと文化を広く発信している。







下津井一丁目に、回船問屋が現存しており、資料館として無料公開されている。回船問屋はAM9:00〜PM5:00(入館PM4:30)。定休は、火曜日(ただし祝日は開館)、祝日の翌日、 年末年始。
公園化され草木が生い茂っていますが、石垣やその縄張りが立派に確認できます。岡山県ではお勧めのお城の一つです。
瀬戸大橋の側にあります。行ったのはずいぶん昔なのですが、石垣とか結構のこってます。たしか近世に整備したのは池田忠雄とかいう大名だったような…。
下津井城は余り有名ではないが、岡山県倉敷市下津井にある近世初頭の山城である。元和の一国一城令で破壊されたとあるが、石垣の50%位は残っているようである。ただ、虎口部分は徹底的に破壊されたらしく、明瞭でない。他の感想は近世初頭の城郭にしては各曲輪の規模が小さいことであろうか。やはり、岡山城の出城ということで戦術的な要素が大きいのであろう。岡山の戦国期の山城は立派なものが多い。高松城は平城で遺構は残っていないが、虎倉、徳倉、金川、三石、三星など行ってみたい山城が目白押しである。