合戦東軍西軍どちら派 三成派(1020票)
家康派(528票)
戦国武将人気ランキング 1位 大谷吉継(167票)
2位 島津義弘(104票)
3位 真田幸村(101票)
4位 島左近(90票)
5位 小早川秀秋(82票)
聖なる怒り さんからのご投稿(2003.09.05)

三成派 本当に優れた人からは尊敬されていたし、彼自身、何が正しいかわかっていた気がするから。それと飾り気のないところが、とても好感をもてます!

島左近 この人を筆頭に、いろんな仲間が三成にはいるわけですが、ほとんどの人が信頼できそうないい人たちなのでうらやましいです。ぼくもこんな仲間がほしいです。

サバ猫 さんからのご投稿(2003.08.21)

三成派 当初、陣形的には勝っていたしなんか家康はやっている事がやらしい。それに秀忠軍に真田軍は勝ってた。

島左近 三成の、いちばん頭の切れる家臣だから。それと生存説があるから。(僕が思うに有力な説)

徳川家ヨリ さんからのご投稿(2003.08.08)

家康派 江戸幕府を開き、その時代は280年続いた。三成にはその様な事はできなっただろう。まだ江戸時代が終わって120年。もう一度、江戸幕府を復活させたいと思っています。

島左近 島左近がいなければ、三成は何もできなった。

織部 さんからのご投稿(2003.07.06)

家康派 さすが、「乱世の生き残り」って戦い方。関ヶ原本番では不利な状況に置かれたが、裏切りを利用して、短時間での大勝利。さすが、武田信玄、織田信長、豊臣秀吉と同じ世を生きてきただけある戦上手。東軍には義がないという人も多いけど、義だけで生き残ってこれた戦国大名なんて上杉謙信くらいなもの。小早川の裏切りも戦国時代なら当たり前。もし、西軍の総大将が前田利家か島津義弘だったら、結果は変わっていたかもしれないが。

島左近 常に力量はありながら主君に恵まれなかった、左近も最後に家康相手に大芝居を打てて、男冥利につきただろうなと思う。それでも主君の立場は家康に比べ、小さすぎたけど・・・。かつては筒井家臣として松永久秀とも凌ぎを削った男、関ヶ原みたいな大戦、楽しかっただろうなあ

二郎三郎、俊 さんからのご投稿(2003.05.15)

三成派 家康も好きだが、三成は義を信じて戦ったから三成がいい。

島左近 ぼくの予想だと関ヶ原に誘い込む作戦は、左近が立てたものだとおもうから、左近が気になる。

花の慶次 さんからのご投稿(2003.04.29)

三成派 自分の10倍もの大名を相手に喧嘩を売る。その心意気やよし。しかもその心は豊臣家の御ため。これで徳川方のFANという人はどこかおかしいのではないでしょうか?

島左近 西軍、東軍を通じて一番暴れまくってた猛将。しかも死体が見付からないというのも夢があっていいじゃないですか。

中林操 さんからのご投稿(2003.03.20)

三成派 三成の人柄に惚れたから。

島左近

島津義弘 さんからのご投稿(2003.02.22)

三成派 徳川家康は自分が天下を取るために戦ったが、石田三成は自分ではなく、豊臣秀吉の遺児の豊臣秀頼の天下にするため各国の武将に戦って欲しいと頼んだ石田三成が正しい!!!

島左近 あれだけの知略があるのならなぜ卑怯な徳川家康に勝てない?????

44 さんからのご投稿(2003.02.08)

家康派 海道一の弓とりだから

島左近 猛将だからじゃ

檀さん大和田さん、檀さん。 さんからのご投稿(2002.12.28)

三成派 石田三成こそ、大和魂(やまとだましい)の伝道者!

島左近 島左近こそ、武将中の武将。

鯖威張る内府 さんからのご投稿(2002.12.21)

家康派 山岡壮八先生の「徳川家康」を読んで以来、家康公をうやまっております。今川家での長き(ちょうど多感な時期の)人質生活もそうですが、信長公の命令で、妻の築山殿と長男の信康殿を泣く泣く殺さねばならなかったことなど、あまたの苦労や悲劇を重ね、耐えに耐えた末、天下を治められました。

島左近 敵ながらあっぱれ! 主君の三成公を守って最期まで鬼神の如く奮戦す。 敵将のことなのに涙が溢れて止まりません。思わず男泣きしますね。 私は山岡先生やその他の先生方の小説の影響もあって、以前は石田三成公のことを「イクサも、ろくにしたことがなく、いつも秀吉公のそば近くにヌクヌクと仕えていた、ひ弱な官僚」というイメージを持っていたのですが、そのイメージなんかまったくの誤りで、三成公の真の姿はとても勇敢な武人だと今では信じております。 関ヶ原よりもずっと前の時点から豪勇の左近を(自分の給料の約半分を豪快に与えて)召し抱えていたということは、秀吉公の天下統一の過程で、軍事の面でも三成公は相当重要な働きをしていたと考えるのが自然です。七本槍の加藤清正公や福島正則公のことを猛将とよく人は言いますが、三成公は彼らにも勝る、イクサでの働きをしていたのでは?現に秀吉公の死後、家康公に対して最も果敢に挑んだのは、三成公! 石田家の軍隊の強さに全然自信がなかったならば、関ヶ原の挙兵すら考え付かなかったはずです。 でも、巨大化した豊臣政権では家臣団の役割分担がどうしても必要になり、武勇もすごかったが更に頭も物凄く切れた三成公を敢えて(他に勤まる家臣が見当たらない為)奉行職に、と秀吉公が任命したのでは・・・と考えます。 三成公はよく伝えられているようなイクサが苦手な官僚オンリーの人などでなく、日本で最初の、しかも物凄く高いレベルでの「文武両道」の人であったと確信しております。そのスゴイ人物(三成公)に勝ったのだから、益々もって家康公には畏敬の念を抱き続けております!

妖刀村正 さんからのご投稿(2002.12.15)

三成派 朝鮮出兵も終わり、世が平和になったと思った矢先に関ヶ原!!家康お前何考えてんだ!!貴様は私利私欲のため上杉閣下にいちゃもんをつけ、罪も無い石田殿を陥れ、民にさらなる疲弊を与えた。貴様は死罪にあたる!!貴様が”今”の礼儀知らずを生み出したに他ならない!!東軍に味方した忘恩の輩も当然死罪になるべきだ!!こんな不条理な戦で死んだ兵士や武将が哀れでならない・・・

島左近 島左近を初めとする西軍武将(上杉、直江、大谷、宇喜多、明石、戸田、平塚、、小西、真田親子、佐竹、立花)とにかく彼らが哀れでならない。家康の勝手極まりない暴挙の犠牲になり、死んだもの、領地を削減されたもの(毛利らを除く)達の気持ちは半端なものじゃないだろう。結城秀康や松平忠輝なども家康に迫害されつづけとにかく哀れだ。彼を美しく評価する人間の気が知れない・・・

近藤勇(トミーズ雅) さんからのご投稿(2002.12.11)

三成派 もしも三成方が勝っていたら日本は今どうなっていただろう?!といろいろ想像をめぐらすことができるじゃんか! 歴史はロマンですよ、ロ・マ・ン!!

島左近 私は博多っ子なのですが、関ヶ原から何年も経って、黒田家の家臣たちが「左近は凄かった、怖かったぁ〜!!」という内容の話をしたとのこと。「こ〜れぞま〜こ〜との黒田武士」でさえも身震いさせるほどのオトコはすごいんだろうな!

フィラデルフィアン さんからのご投稿(2002.12.10)

三成派 みつなりがかっていればtradeちゅうしんのmonetary economyが17th centuryにcompleteしていたようなきがします。いえやすがかってしまったのでagricultureちゅうしんのsocietyができてしまいこのことがにほんのはってんをおくらせてしまいましたね。いえやすはぐんじんとしてはexcellentでしたがstatesmanではありませんね。

島左近 みつなりがいえやすとたたかうことができたのはかれのgovernanceがあったからですね。

コスモス さんからのご投稿(2002.11.29)

三成派 豊臣家のために戦った人だから!

島左近 死んだか、はっきりしないから。(生存の可能性があるから)

halfpenny さんからのご投稿(2002.11.14)

三成派 要するに勝てば官軍、ということですな。汚い手を使っても勝ちさえすればいいんだ、という家康の生き方はもっと知られるべきだし、コーエーをはじめ、家康を美しく描こうとする悪しき慣習は見直すべきだと思う。

島左近 邪心がない。

鷹 さんからのご投稿(2002.11.06)

三成派 ご先祖様がいるから

島左近 強いから

ダダ さんからのご投稿(2002.09.15)

三成派 忠義、最後の最後まで豊臣家の為に命も惜しまない。

島左近 強すぎ、影武者徳川家康の影響もありますが・・・天下も取れたはず。

信玄公 さんからのご投稿(2002.08.31)

三成派 とっても勇気のある人だから

島左近 義に散った人だから

プッチ さんからのご投稿(2002.08.13)

三成派 義に生きる姿勢がばからしくもある反面、あこがれるから。

島左近 三成以上に義に生きた人では!?

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