一乗谷朝倉氏館

住所:福井県福井市城戸ノ内町 / 福井県 / 城ファンチェック: 8

写真:岡 泰行

交通アクセス交通アクセス

鉄道利用

JR越美北線、一乗谷駅下車、徒歩15分。または、JR北陸本線、福井駅下車、浄教寺行きバス30分「朝倉館前」降車 、バス停から詰の城である山城「一乗谷城」までかなりの急勾配で徒歩約1時間はかかります。気合いを入れて登ってください。

[華有庵 (1998.04.30)]

文献資料文献資料

一乗谷駅の側の朝倉資料館にいろいろあります。お城と資料館で1日楽しめます。
[華有庵 (1998.04.30)]

「朝倉始末記」2,660円。駐車場付近のお土産屋にて。
[かず (1998.05.03)]

撮影アドバイス撮影アドバイス

朝倉氏館は唐門横の「ウスズミザクラ(樹齢百数十年)」の開花時期は、4月上旬(およそ1日〜7日)。落雷で昔と違って左半分の大きさになっているが充分な風情がある。唐門は西向きなので午後の撮影が良いが夕暮れ間近になると、付近の山々の影に入るので午後2〜3時頃に訪れるのが最も美しい。そのほか朝倉氏館跡には、桜が点在しており、ほぼ同時期に開花する。

近郊グルメ近郊グルメ

福井県は「おろしそば」の本場で、かけそば、ざるそば等よりも、おろしそばの方が一般的で、実際福井県のおろしそばは、日本一おいしいです(当然、お店にもよりますが)。そこで、一乗谷の駐車場に付属している、休憩所の中に、スタンドのおろしそば屋があるのですが、ここのそばが、とてもおいしいのです。下手な所に入る位ならここで食べた方が「越前おろしそば」の醍醐味が味わえると思います。
[ボルジア (1999.04.05)]

宿泊宿泊

陣屋という民宿があります。
[華有庵 (1998.04.30)]

JR福井駅から徒歩3分、福井城お堀ばたにある「ホテルニューユアーズ」がリーズナブルでおすすめ。
[半兵衛 (2004.10.03)]

福井県の観光おすすめ福井県の観光おすすめ

一乗谷遺跡近くには、佐々木小次郎が「燕返し」をあみ出すために修行したと言われる「一乗滝」という滝がありあます。
[ボルジア (1999.04.05)]

城ファンチェック (8)

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    1998.04.30 華有庵 さんより

    朝倉家の居城だったところ。最近は周りが整備されて朝倉屋敷跡の横に昔の町並みを再現した資料館がある。お城はノの丸から三ノ丸までしっかり残っています。

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    1998.05.03 かず さんより

    やっぱり一乗谷の登山はキツい。前回は本丸(千畳敷)と宿直址にしか行っていなかったが、今回は二の丸、三の丸にまで行った。どういうわけか、本丸より二の丸・三の丸が上にあったり、岩村と同様に看板の地図と実際の道が分かりにくい。駐車場付近のお土産屋で「朝倉始末記」2,660円を購入。高い!観光客目当ての工事であろうか、一乗谷の中央の河川は石垣を積む工事をしていた。売店の姉さん曰く:紅葉と桜が綺麗だから、また写真撮りに来てください。工事中の方曰く:今年は横浜で展示するべよ。友人曰く:(一乗谷に登るのは)我々だけかと思ったけど、他にも居るんですねぇ〜

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    1998.05.03 かず さんより

    一乗谷については私のお気に入りなので少し説明をば。看板の地図はいい加減。夏は蚊が大量発生(蚊よけスプレーを使うといいかな?)。中央の道から登ると真っ先に本丸に到達します。もう少し粘って先に行くと二の丸、三の丸に至ります(こっちの方が標高が高いので注意)。宿直(物見台だと思う)からの景色はその名の通り谷である事が実感できます、感動です。そして敦賀で食べる朝市の魚が美味い事!

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    1999.04.06 浅井備前守 さんより

    一乗谷城の秀吉が寄進した唐門ですが、表側の紋所は越前朝倉家の家紋三つ盛木瓜ですが裏側を観ると、しっかり豊臣の家紋が彫られてます。何気なく見上げてたら気が付きました。

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    1999.04.06 浅井備前守 さんより

    館の後方の山には山城跡があり、3つのコースで登れます。どれもシンドイです。尾根づたいによく郭が残っております。一ノ丸・二ノ丸・三ノ丸が平面で残っています。大きな案内板がさびしく倒れています。私が見るかぎり、石垣はなく土塁ばっかりです。曲輪跡や堅堀跡と思われる遺構は、あちらこちらで見受けられまする。相当規模がでかい山城だと思います。朝倉氏にふさわしい。感じ的には小谷城の尾根ずたいにある大ずく城に似てるなぁと思いました。むこうが似てるのかなぁ!

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    1999.04.06 浅井備前守 さんより

    信長の怒濤の侵攻により、一戦も交えることなく一乗谷は三日三晩燃えつづけて、建物という建物は灰燼に帰したと云う。朝倉氏に対する信長の並み大抵じゃない憎しみを感じます。1573(天正元)年、8月18〜20日廃墟と化す(旧暦)。朝倉氏滅亡後は、家臣だった前波氏が山上に再築城し入城しますが,元朝倉家臣だった同格の輩(富田等)などと不和となり、攻め殺されてしまいます。それ以後は一乗谷は歴史に登場することなく、静かに土に埋もれて昭和41年度の発掘調査で再び姿を現すことになります。

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    2000.01.18 越前屋伸之助 さんより

    朝倉氏の末裔が毎年、義景公の命日付近にこの地を訪れ、墓前に手を合わせているという話、信じますか?落城のとき、命からがら信濃方面から関東へ落ち延びた一族の末裔。それが歌手の島倉千代子だそうですよ。彼女もそのことを意識して福井へは毎年訪れ、JR福井駅に降り立つと目立つので、近隣の鯖江駅や丸岡駅で下車し、この地を訪れているとか。3年前には朝倉築城記念か何かでイベントが開催され、墓前に新曲をささげていましたよ。あなたは、信じますか?

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    2012.07.20 hanenaomi さんより

    ひなびた山間の城跡ですが往時は京都などから文化人がやってきてそれはそれはにぎわったそうです。今も庭園や屋敷跡になごりを感じられます。戦国中期織田信長に亡ぼされるまで朝倉氏の居城でした、その時焼き討ちにされその後400年忘れられてました。近年発掘が進み訪れる人も多くなっています。

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