写真:岡 泰行

一乗谷城の歴史と見どころ

一乗谷城の歴史

一乗谷城は南北5キロの谷を、両端に虎口を設け谷を守る構造で、往時は1万人が暮らす京都に次ぐ都市と云われた。背後に一乗谷山城があり140箇所の竪堀が残る。朝倉氏滅亡後、都市として再興することなく埋もれ農村となり、このことが遺跡を400年以上も良好に保存した。発掘調査で当時の建物の区割りなど城下町全体が良好な状態で出土した。

現地では解説板が充実

現地では朝倉義景館跡や庭園、一乗谷復元町並では、解説板が各所で設置されていて、目に見えるものを中心に理解を深めることができる。特に訪問前の事前調査が必要ないといって良い。「朝倉館跡庭園」「湯殿跡庭園」「諏訪館跡庭園」「南陽寺跡庭園」の4庭園が国の特別名勝に指定されているので観ておくと良い。

一乗谷城に関する書籍

越前朝倉氏一乗谷〜眠りからさめた戦国の城下町〜
書籍では次の2冊が良い。いずれも福井県立一乗谷朝倉氏遺跡資料館で販売されている。一乗谷城の縄張図も掲載されている。

  • 『越前朝倉氏一乗谷〜眠りからさめた戦国の城下町〜』福井県立一乗谷朝倉氏遺跡資料館 編集発行
  • 『一乗谷 戦国城下町の栄華』福井県立一乗谷朝倉氏遺跡資料館 編集発行

一乗谷城の散策コース

一乗谷山城(一乗城山)への登山ルート

一乗谷山城領主館の背後にある山城「一乗谷城」(標高473m)までは徒歩約1時間。一乗谷山城の登山ルートは、馬出ルート・下城戸ルート・三万谷ルート、英林塚ルートの4ルートがあり、無難なコースは「馬出ルート」で約1.5km(徒歩約1時間)で山頂の山城に至る。

また、2004年の福井豪雨で倒木などがあり通行不可だった「英林塚ルート」が2020年10月4日に開通。徒歩約50分で城域に達する。領主館跡と庭園などを経て一乗城山に登山できるようになり便利。下りは「馬出ルート」を選び、摩崖仏や小見放城跡を経て下山すると良い。

車のアクセスなら、「三万谷ルート」が良く、一乗谷山城の背後、中腹まで車で上がることができる。国道158号線を足羽川沿いに東進、高田大橋の手前を右折「広域基幹林道美山線」に入ると、一乗谷山城の背後に出る。駐車場からの登山は、他のルートより急勾配。

なお、時期により倒木など登れないことがあるので、必ず、福井県と福井市のWebサイトでチェックしてから、登ると良い。

復原町並は時間制限あり

一乗谷朝倉氏遺跡は散策自由だが、復原町並は9時~17時(入場は16:30まで)。年末年始休み。

一乗谷城の撮影方法

朝倉氏館跡唐門脇のウスズミザクラ朝倉氏館は唐門横の「ウスズミザクラ(淡墨桜)(樹齢百数十年)」の開花時期は、4月上旬(およそ1日〜7日)。散り際に淡い墨色を帯びることから淡墨桜といわれている。場所、品種ともに、儚さを連想させる歴史風情がある。昔と違って落雷で左半分の大きさになっている。唐門は西向きなので午後の撮影が良いが夕暮れ間近になると、付近の山々の影に入るので午後2〜3時頃に訪れるのが最も美しい。そのほか朝倉氏館跡には、桜が点在しており、ほぼ同時期に開花する。

一乗谷城の写真集

城郭カメラマン撮影の写真で探る一乗谷城の魅力と見どころ「お城めぐりFAN LIBRARY」はこちらから。

一乗谷城の関連史跡

佐々木小次郎ゆかりの一乗滝と富田勢源の剣術道場跡

一乗滝一乗谷の上城戸跡から南下すると、富田勢源の剣術道場跡や、さらに南下すると一乗滝がある。一乗滝は、佐々木小次郎が燕返しを編み出した場所と伝わっており、佐々木小次郎の銅像もある。小次郎は富田勢源の家人で剣を覚えたと伝わっており、道すがら、富田勢源の剣術道場跡にも寄っていくと良い。

明智光秀と細川ガラシャゆかりの地

明智神社県道238号線を西進すれば、東大味町に明智光秀公三女、細川ガラシャゆかりの里の明智神社がある。明智光秀は、朝倉家に身を寄せた数年間、ここ東大味町で過ごしたとされている。明智神社には小さな明智光秀の座像があり、法要で開帳されることがある。また、一乗谷朝倉氏遺跡からの道すがら、京都と一乗谷を結ぶ旧朝倉街道(大手道)が県道238号線沿いに残っているので見ておくと良いぞ。

一乗谷城のおすすめ旅グルメ

一乗谷レストラント下城戸と上城戸に囲まれたエリアには「一乗谷レストラント」のみ。火曜定休。11時〜17時(12月〜2月末までは11時〜15時予定)で、ランチタイムは11時〜14時。越前おろしそばから、旬の食材を使った少し豪華なランチまで。
(shirofan 2017.05.05)

福井県は「おろしそば」の本場で、かけそば、ざるそば等よりも、おろしそばの方が一般的で大根に辛みがある。実際、福井県のおろしそばは、日本一おいしいです。当然、お店にもよりますが。
(ボルジア 1999.04.05)

一乗谷城の史跡めぐりにこだわる最適なホテル

JR福井駅近郊にビジネスホテル多数

JR福井駅から徒歩3分、福井城お堀ばたにある「ホテルニューユアーズ」がリーズナブルでおすすめ。JR福井駅近郊にはビジネスホテルが多い。福井城北ノ庄城越前大野城丸岡城が近いため、JR福井駅近郊をベースキャンプにすると良し。

現地には1件「民宿 陣屋」がある

「民宿 陣屋」が一乗谷にある。一乗谷川沿いにあり、山菜や鯖寿司、ぼたん鍋、ズワイガニなど、地元の季節の料理が味わえる。

一乗谷城のアクセス・所在地

所在地

住所:福井県福井市城戸ノ内町 [MAP] 県別一覧[福井県]

電話:0776-41-2173(一乗谷朝倉氏遺跡事務所)

アクセス

鉄道利用

JR福井駅からバス「朝倉資料館前」または「武家屋敷前」降車。JR福井駅には観光タクシーもある。または、JR福井駅からJR越美北線(九頭竜線)、「一乗谷駅」下車、徒歩20分で下城戸。

下城戸〜上城戸に囲われたエリアを探索すると良い。その中に、朝倉義景館跡、庭園、一乗谷復元町並、平面復元エリア、一乗谷城の登山口などがある。

マイカー利用

北陸自動車道、福井ICから、国道158線を東へ約7.4km(11分)。一乗谷朝倉氏遺跡を目指す。一乗谷復元町並の北側、南側にそれぞれ無料駐車場がある。

一乗谷城のセミナー

城ファンの気になるところ (8)

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    朝倉家の居城だったところ。最近は周りが整備されて朝倉屋敷跡の横に昔の町並みを再現した資料館がある。お城はノの丸から三ノ丸までしっかり残っています。

    ( 華有庵)さんより

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    やっぱり一乗谷の登山はキツい。前回は本丸(千畳敷)と宿直址にしか行っていなかったが、今回は二の丸、三の丸にまで行った。どういうわけか、本丸より二の丸・三の丸が上にあったり、岩村と同様に看板の地図と実際の道が分かりにくい。駐車場付近のお土産屋で「朝倉始末記」2,660円を購入。高い!観光客目当ての工事であろうか、一乗谷の中央の河川は石垣を積む工事をしていた。売店の姉さん曰く:紅葉と桜が綺麗だから、また写真撮りに来てください。工事中の方曰く:今年は横浜で展示するべよ。友人曰く:(一乗谷に登るのは)我々だけかと思ったけど、他にも居るんですねぇ〜

    ( かず)さんより

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    一乗谷については私のお気に入りなので少し説明をば。看板の地図はいい加減。夏は蚊が大量発生(蚊よけスプレーを使うといいかな?)。中央の道から登ると真っ先に本丸に到達します。もう少し粘って先に行くと二の丸、三の丸に至ります(こっちの方が標高が高いので注意)。宿直(物見台だと思う)からの景色はその名の通り谷である事が実感できます、感動です。そして敦賀で食べる朝市の魚が美味い事!

    ( かず)さんより

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    一乗谷城の秀吉が寄進した唐門ですが、表側の紋所は越前朝倉家の家紋三つ盛木瓜ですが裏側を観ると、しっかり豊臣の家紋が彫られてます。何気なく見上げてたら気が付きました。

    ( 浅井備前守)さんより

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    館の後方の山には山城跡があり、3つのコースで登れます。どれもシンドイです。尾根づたいによく郭が残っております。一ノ丸・二ノ丸・三ノ丸が平面で残っています。大きな案内板がさびしく倒れています。私が見るかぎり、石垣はなく土塁ばっかりです。曲輪跡や堅堀跡と思われる遺構は、あちらこちらで見受けられまする。相当規模がでかい山城だと思います。朝倉氏にふさわしい。感じ的には小谷城の尾根ずたいにある大ずく城に似てるなぁと思いました。むこうが似てるのかなぁ!

    ( 浅井備前守)さんより

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    信長の怒濤の侵攻により、一戦も交えることなく一乗谷は三日三晩燃えつづけて、建物という建物は灰燼に帰したと云う。朝倉氏に対する信長の並み大抵じゃない憎しみを感じます。1573(天正元)年、8月18〜20日廃墟と化す(旧暦)。朝倉氏滅亡後は、家臣だった前波氏が山上に再築城し入城しますが,元朝倉家臣だった同格の輩(富田等)などと不和となり、攻め殺されてしまいます。それ以後は一乗谷は歴史に登場することなく、静かに土に埋もれて昭和41年度の発掘調査で再び姿を現すことになります。

    ( 浅井備前守)さんより

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    朝倉氏の末裔が毎年、義景公の命日付近にこの地を訪れ、墓前に手を合わせているという話、信じますか?落城のとき、命からがら信濃方面から関東へ落ち延びた一族の末裔。それが歌手の島倉千代子だそうですよ。彼女もそのことを意識して福井へは毎年訪れ、JR福井駅に降り立つと目立つので、近隣の鯖江駅や丸岡駅で下車し、この地を訪れているとか。3年前には朝倉築城記念か何かでイベントが開催され、墓前に新曲をささげていましたよ。あなたは、信じますか?

    ( 越前屋伸之助)さんより

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    ひなびた山間の城跡ですが往時は京都などから文化人がやってきてそれはそれはにぎわったそうです。今も庭園や屋敷跡になごりを感じられます。戦国中期織田信長に亡ぼされるまで朝倉氏の居城でした、その時焼き討ちにされその後400年忘れられてました。近年発掘が進み訪れる人も多くなっています。

    ( hanenaomi)さんより

城の情報

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