清洲城
(清須城)
 

住所:愛知県西春日井郡清洲町
別名:「清須城」
遺構:本丸土塁
見所:復興天守、城跡碑など
区分:平城
城主:織田氏、福島氏、松平氏
築城年代:1405(応永12)年〜

 
写真:岡 泰行
 
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  • 本丸のほぼ中央を新幹線が開通して以来、悲しいかな開発の犠牲の城。遺構は本丸土塁の一部のみ。現在の復興天守は、当時は、こんな建物だろうと、想像で建てられている。場所は一応本丸のあったところらしいが、定かでない。最上階の回廊は、「当時の市長が眺めがいいからつけては?」の一言で付けたと地元の方が言う。ほんと〜?
    [半兵衛 (97.05.30)]

  • 愛知県清洲町に建つこのお城、現存の復興天守は、古城跡とは別の場所につくられたもの。清洲本籍の者としてはなにか自慢したいのですが情けない城です。何でも赤字が凄いとか聞いてます。せいぜい東小学校の女子パレードくらいですかね。それでも清洲町では故郷清洲運動を推進してます。
    [にゃんこ先生 (2000.01.12)]

  • 清洲は昔は尾張の首府だったんですよ。それが「清洲越し」で首府が名古屋に移って以来清洲はさびれるばかりでした。当時の唄は「思いがけない名古屋が出来て、花の清洲は野となろう」と歌われました。こうして「東海の巨鎮」といわれた清洲城も廃城にいたりました。後にも大洪水が起こり何もかも無くなったといいます。
    [ゆかs (2000.01.15)]

  • 清洲城のものと伝わる鯱は、崇福寺(岐阜県 長良福光)に。高さ60cmほどと結構こぶりでした。
    [半兵衛 (98.03.30)]

  • 毎年10月10日は時代行列の日。
    [ゆかs (2000.07.07)]

  • 夜はライトアップされている。新幹線から見ると線路のすぐ横に建っているのでその明るさにびっくり。
    [半兵衛 (97.05.30)]

  • 交通[鉄道] JR東海道本線、清洲駅下車、または、名鉄新清洲駅下車、ともに徒歩15分。
    [自動車] 東名阪道路、清洲東インターより5分。無料駐車場(100台)有り。
    [半兵衛 (98.03.30)]

  • 資料:天守及び芸能文化館。総見院にも。入城料は大人300円子供150円。
    [ゆかs (2000.07.07)]

  • グルメ清洲は酒蔵だってご存知ですか?清洲桜製の地酒「信長鬼殺し」はローソンで売っています。食事は駅付近に喫茶店がほんの数軒。
    [優佳s (2000.02.09)]

  • お城戦国グッズ:城と五條川の対岸にある土産物屋には名物の清洲桜の鬼ごろし酒がある。信長の銅像(35,000円)がある。名物には朝日貝塚やARCO清洲温水プールがある。その他神社等多し。
    [にゃんこ先生 (99.11.04)]

  • 宿泊:清洲町内には無し。尾張人として勧められる最高のホテルは名古屋観光ホテル。そんなに高くは無かったですよ。また、名古屋界隈まで出るとビジネスホテルなど多数あり。
    [ゆかs (2000.07.07)]

  • 歴史スポット:崇福寺(岐阜県長良福光)。岐阜城より車で5分
    開館:AM9:00〜PM5:00(3月〜10月)
       AM9:00〜PM4:30(11月〜2月)
    拝観料:150円 館内撮影OK!
    ※1/1・1/2・5/7・8/1・8/12・12/31は、拝観禁止
     「心頭滅却すれば火自ずから涼し」で有名な快川国師(かいぜんこくし)が、武田信玄に呼ばれるまで住していた寺で、信長が美濃を制圧したときにも菩提所として特別に保護した寺だそうです。信忠が甲斐の恵林寺(えりんじ)で、快川国師を焼き殺したことを考えると、菩提所の元住職、悲しい運命をたどったようです。ちなみに側室小倉なべが、信長の首級をこの寺に葬ったとも言われているそうです。
    展示は、土岐頼芸の鷹の水墨画、武田信玄、織田信長のなどの書状、稲葉良通(一鉄)寄贈の鐘、信長愛用の櫓時計、などなど。
    [半兵衛 (98.03.30)]

  • 歴史スポットここまでくれば、黄金城街道。小牧城、墨俣一夜城、犬山城加納城、革手城、岐阜城、鷺山城などなど信長出世街道、北上あるのみ。
    [半兵衛 (98.03.30)]

 
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