岡豊城
岡豊城は、13〜14世紀ごろに長宗我部氏が岡豊山に築いた山城で、長宗我部氏の居城だ。国分川右岸の標高97mの山上に本丸にあたる詰を置き、詰下段や二ノ段などが連なる連郭式の構造をもつ。現在は発掘調査の上、整備がなされ、礎石建物跡や堀切、竪堀群などの遺構が見られる。このページでは岡豊城の歴史や構造、遺構や見どころを豊富な写真とともに紹介する。 ▼続きを読む
一宮城
一宮城は暦応元年(1338)に小笠原長宗が築いた阿波屈指の山城で、南北朝から戦国期にかけて攻防の舞台となった。標高約144mの山上に曲輪群が連なる大規模縄張と本丸石垣が見どころだ。現在は整備された登城道から遺構を歩いて巡ることができる。このページでは一宮城の歴史と構造、発掘成果を紹介する。 ▼続きを読む
郡上八幡城
郡上八幡城は永禄2年(1559)、遠藤盛数が八幡山に築いた城である。吉田川と小駄良川に守られた要地に位置し、稲葉氏や青山氏の改修を経て近世城郭として整えられた。現在は石垣と木造模擬天守が山上に残り、城下町を見下ろす景観が魅力だ。このページでは歴史と構造、整備の歩みを写真とともに紹介する。 ▼続きを読む
八王子城
八王子城は、北条氏康の三男・北条氏照が元亀2年(1571)頃より築いた山城。深沢山の山頂に本丸などを置く要害地区と、麓に御主殿を構える居館地区からなる構造が特徴。天正18年(1590)の豊臣軍による攻撃で落城し、現在は御主殿虎口や石垣、曲輪などの遺構が残る。このページでは八王子城の歴史や見どころを豊富な写真とともに紹介する。 ▼続きを読む
石垣山城
石垣山城は、豊臣秀吉が小田原攻めの際に天正17年(1590)に築いた総石垣の城で、「石垣山一夜城」として知られる。笠懸山の山頂に本丸を置き、天守台や曲輪、井戸曲輪などを備えた近世城郭であった。現在は石垣や井戸跡などの遺構が残り、小田原市街を望む眺望も魅力。このページでは石垣山城の歴史や構造、見どころを豊富な写真とともに紹介する。 ▼続きを読む
竹田城
竹田城は嘉吉年間(1441〜1443)、山名持豊の被官・太田垣氏により築かれたと伝わる山城。播但街道と山陰街道を押さえる古城山に築かれ、三つの尾根に連なる曲輪と野面積み石垣が壮観だ。雲海に浮かぶ景観でも知られる。このページでは歴史、縄張と石垣、雲海撮影の見どころを豊富な写真とともに紹介する。 ▼続きを読む
芥川城
芥川城は永正13年(1516)に史料に現れ、天文22年(1553)に三好長慶が居城とし、のちに機能を失ったとみられている。三好山の尾根と断崖・谷を利用した山城で、堀切や竪堀、石垣が郭群を守る。主郭の眺望と大手石垣が見どころだ。このページでは芥川城の歴史と構造、散策ルートや撮影スポットを豊富な写真とともに紹介する。 ▼続きを読む
清色城
清色城は、南北朝期に入来院氏が本拠として築いた中世山城。シラス台地を削り出して築かれ、多数の曲輪を空堀や堀切で区切る縄張が特徴。現在も鋭い空堀や曲輪群がよく残り、南九州の中世城郭の姿を伝える。このページでは清色城の歴史や構造、見どころを豊富な写真とともに紹介する。 ▼続きを読む
岩村城
岩村城は、文治元年(1185)に加藤景廉が築いたと伝わり、戦国期には女城主の伝説でも知られる山城だ。標高717mの山上に築かれ、高低差180mの地形を利用した要害で、日本三大山城の一つに数えられる。現在は曲輪群や石垣などの遺構が残り、山城ならではの景観が見どころ。このページでは岩村城の歴史や見どころを豊富な写真とともに紹介する。 ▼続きを読む
小谷城
小谷城は大永2年(1522)、浅井亮政が築き、浅井氏三代の居城として知られる。小谷山から南に伸びる尾根一帯を城郭化した中世山城で、本城のほか清水谷や大嶽、福寿丸など広大な城域をもつ。現在は曲輪や石垣、虎口などの遺構が残り、山城の姿をよく伝える。このページでは小谷城の歴史や構造、見どころや撮影スポットを豊富な写真とともに紹介する。 ▼続きを読む
吉田郡山城
吉田郡山城は鎌倉時代、毛利時親が築いた旧本城を起源とし、大永3年(1523)に元就が入城して全山を要塞化、毛利氏の本拠となった。吉田盆地北方の丘陵に広がる大規模山城で、本丸・二の丸・三の丸を中心に270を超える郭が築かれた。現在は郭跡や石垣の断片が残る。このページでは吉田郡山城の歴史と構造、主な遺構や見どころを豊富な写真とともに紹介する。 ▼続きを読む
佐土原城
佐土原城は、鎌倉時代に田島氏が築いた城を起源とし、のち伊東氏や島津氏が拠点とした。山上の城郭と麓の館を組み合わせた構造をもち、曲輪や空堀、桝形虎口など山城の遺構が残る。現在は二の丸御殿が復興され、天守台や登城路など往時の姿を伝える。このページでは佐土原城の歴史や見どころを豊富な写真とともに紹介する。 ▼続きを読む






