2021.03.26   /   城の歴史旅   /  

シリーズ『城の歴史旅』

城ファンが一期一会で出会ってきた城や情報─。
シリーズ『城の歴史旅』は、記憶に残したい見聞を強者たちが紡ぐコラムです。

高取城(本荘良智)
[File.011] 本荘良智

シリーズ城の歴史旅:
『日本三大山城を歩く・大和高取城 Part2』

大和高取城の岡口門趾より再度猿石がある分岐点にもどり大手筋を進むと「二の門趾」の石垣が見えます。その前に右手の藪の中に石灯籠の残骸が目に着きます。何なんだろう? 神社も見当たらないし…。この時はそんな事思いながら通過してしまったのですが、2019年に再訪した際にその理由を発見しました。「二の門趾」の左手に「水堀」と云われる溜池が在ります。初回訪れた際は鬱蒼とした藪だったのですが、再訪の際は綺麗に伐採され整備されていたので散策。グルっと水堀を一周、すると大手筋側一段高い竹藪部分が削平されています。最初は侍屋敷趾かと思いきや、ココが神社趾で石灯籠の謎が解けました。現在は廃社され何神社? 往時から在ったのかも説明板等もないので分かりません。では先に進みましょう。二の門ですが往時は欄干付きの木橋がかかっていたそうです。また大手筋はこの二の門から実質上の城域となります。

大和高取城の石灯籠の残骸(本荘良智)
大和高取城水堀の奥からニの門石垣(本荘良智)
水堀の奥からニの門石垣

二の門趾を抜けクランク状に三の門趾を抜けると右手に通路が「国見櫓」が在ったとされる石垣造の張り出しに行けます。ココからは奈良盆地は元よりお天気が良ければ大阪平野迄見渡せる重要な見張り台なのです。眺望も良く風も通るので汗を乾かすのに奈良盆地を眺めながら一服。

大和高取城国見櫓趾北側面石垣(本荘良智)
国見櫓趾北側面石垣

大和高取城国見櫓趾から奈良盆地の眺望(本荘良智)
国見櫓趾から奈良盆地の眺望

国見櫓を後にして大手筋に戻ります。直ぐに次の門趾「矢場門趾」両脇に石垣を眺めながら左手に折れて行きます。すると通路右側には人の頭程の石がゴロゴロと転がり石垣の崩落です。おそらく往時はその石垣の上には侍屋敷が建ち並んでいたのでしょうが、今となってはその面影はなく鬱蒼とした藪が続くだけとなっています。

大和高取城矢場門址(本荘良智)
矢場門址

大和高取城矢場門址(本荘良智)

次は「松の門趾」石垣が大きければ当然在った門も大きい筈。前途に書き忘れたのですが、この「松の門」は城下町土佐街道沿いの「高取児童公園」に移築され遺されています。ただ完全な形での移築ではなく冠木門状態での保存となっています。明治の廃城の際に土佐小学校の校門として移築されたのですが、昭和19年の火災により一部焼失してしまった為、解体され冠木・鏡柱・控え柱等の部材だけ保管され、平成16年に屋根の無い状態で復元されました。躯体だけでも結構大きいので装飾されれば凄く立派な門だったと思います。登城する前に是非見学あれ。

大和高取城松の門址(本荘良智)
松の門址

大和高取城児童公園に移築された松の門(本荘良智)
児童公園に移築された松の門

Part3へ続く

(文・写真=本荘良智)

シリーズ『城の歴史旅』

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