安土城の大手道は、信長の城を象徴する壮大な登城路である。黒金門を越え、本丸・天主台へと至る構造は、近世城郭の完成形を先取りしたものといえる。さらに八角平へ続く通路には、複雑な虎口や石垣が残る。このページでは、その動線を実際に歩くように辿りながら、見どころを紹介する。

安土城 大手道から天主台まで(登城ルートと見どころ)

安土城の主郭を守る虎口は、「黒金門の虎口」「八角平方面の虎口」の2ヶ所。この八角平方面の虎口にもその堅牢さで魅力があり、通行可能だった17年前頃の写真でご紹介します(現在、天主台から八角平方面は通行止めとなっています)。

大手道(直線石段)

大手道安土城には4つの登城路があるが、その中でも大手道は特異な存在である。幅約6mの直線路が約80m続き、その後屈曲して黒金門へ至る。全体で約120mに及ぶこの石段は、発掘調査によりその大部分が明らかとなった。直線的な構成は従来の山城には見られない特徴であり、城郭史上の転換点といえる。

伝羽柴邸 主殿跡

伝羽柴邸 主殿跡平成元年からの発掘調査で76個の礎石をもつ屋敷があったことが判明。現在は木々が伐採され整地されている。厩跡、主殿跡と、すぐ近くの安土城考古博物館でその復元模型や再現ビデオを閲覧することができる。このアングルの後ろ側、大手道を挟んで向こう側には、現在のそう見寺があるが、ここは伝前田利家邸跡。2000年現在、発掘調査が行われている。

大手道(屈曲と石段)

大手道直線だった大手道がS字カーブを描きさらに上へ。石階段には転用石として墓石も用いられている。

大手道大手道は再び直線で進み、主郭部を守る堅固な黒金門跡に向かう。写真は大手道の発掘調査中の様子で現在は石階段が復元されている。

大手道大手道の終点で写真奥が黒金門跡。このあたりから安土城の風景は巨石を用いた石垣に一変する。

黒金門跡(中枢部の入口)

黒金門跡大手道を登り切ると、主郭の入口となる黒金門跡に至る。ここから上は信長の居住空間と天主を含む中枢部であり、城内でも最も重要な区画に入る。巨大な石垣で構成された虎口は極めて堅固で、近世城郭に通じる完成度の高い防御構造を備えている。安土城の全体構造については別ページで詳しく解説している。

二の丸下南帯郭

二の丸へ向かう黒金門の虎口を抜けた風景。左正面は二の丸石垣で中心部に向かうには右手へ進む(左手には伝長谷川屋敷・織田信雄供養塔がある)。写真中央の石階段付近には「二の門」があった。

二の丸下南帯郭壮大な石垣を誇る二の丸への入口。ここは、黒金門からさらに「二の門」をぬけたあたりで、正面の階段を上ると本丸台に突入する。上って左が信長廟、右が本丸御殿跡。右手の櫓台石垣には鏡石がある。

伝信長公足跡

伝信長公足跡転用石かと思われるが、仏足石が櫓台石垣の下にある。信長の足跡とも云われているのだとか。

蛇石とも伝わる巨石

蛇石ともいわれる巨石石階段を登るとこの巨石に出くわす。古くから信長公記に出てくる「蛇石」と言われる巨石ではないかとの説があったが、蛇石は天主台の下にあるのではという説もあり、定かではない。また、この右手にある天主台石垣のふもとでは発掘で小屋を建てた跡が見つかったらしい。

信長廟

信長廟二の丸に秀吉が建てたと伝わる信長の墓がこの信長廟。四方を頑丈な石垣で囲い、中央にあまり見ない形の墓塔がある。二段の石積みの上には大きめの石が中央に据えられ、一説には信長を神として拝ませた石、「盆山」だと云う。

本丸御殿跡へ向かう

本丸御殿跡へ向かう信長廟から戻り、本丸へと進む。写真奥が本丸御殿跡。左は天主台石垣。

本丸御殿跡

本丸御殿跡今は木々が生い茂り実感しにくいが、ここで多数の礎石が見つかり、中庭を囲んで3棟の建築物があった。千畳敷御殿とも言われている。

台所跡を望む

台所跡を望む発掘調査で台所の釜跡が出土した天主台東側。安土城天主が焼け落ちた方面。後に紹介する八角平方面への石階段を登り食事を届けていたと見られている。

天主台へ

天主台へ天主台へ登る石階段。このアングルは媒体等でよく見かけた。ここを登ると天主の地階となる。この付近は特に瓦が散乱している。

天主台礎石

天主台礎石現地に立つと、なによりも八角形の天主台の広さを体感できる。中央部の礎石が無いこともちらっと見ておこう。

天主台から琵琶湖を望む

天主台から琵琶湖を望む信長も見た風景。空気が澄んでいるときは琵琶湖の対岸まで見られるぞ。

安土城 天主台から八角平へ(通行止め区間の構造と遺構)

天主台から八角平方面へ下る

天主台から八角平方面へ下る天主台東側から八角平へと下る通路は、現在立ち入りが制限されている区域である。長さ約60m、幅約3mの石段が続き、途中で七度折れ曲がる構造を持つ。三重の門を備えたこの通路は、主郭背後の防御を担う重要な施設であったと考えられている。

落城時の火災で赤く変色した石垣

火災で赤く変色した石垣石階段を少し降り、振り返ったところ。石垣が赤く変色しているのは火災の跡。この通路を降りていくと、黒金門同様に、堅牢な虎口に出会う。

八角平方面の虎口

八角平方面の虎口安土城の主郭を守る虎口。正面に進めば台所の釜跡、左に曲がれば搦手道や八角平。

八角平方面の虎口、門の礎石虎口には門跡の礎石が見られる。

八角平方面の虎口を上からその虎口を上からみた写真。黒金門とともに主要エリアを守る虎口であることがよく解る堅牢さだ。三方の通路が合流しているのが分かる。右手が台所跡の門跡(礎石が確認できる)、左手が天主台へと続く地下通路の門跡(礎石が確認できる)、奥は、搦手道、八角平へと通じる。

搦手道付近から八角平方面の虎口を望む

搦手道付近から八角平方面の虎口を望む虎口を抜けて振り返ったところ。写真には写っていないがちょうど左手が搦手道からの合流点。搦手道はゆるやかなスロープが続く道で物資の搬入に使われていたそうだ。

八角平

八角平八角平の風景。17前の写真だが、すでに朽ち果てた案内板が見える。当時は、八角平まで来れば、搦手道から下山するか、大手道までルートを戻る道のりだった。

(写真=岡 泰行)