勝賀城:城ファンの知見と記録
勝賀城を訪ねた人たちが残してきた記録です。現地での発見や知見が寄せられ、城歩きの文化の中で育まれてきた経験がここに蓄積されています(全3件)。
勝賀城での発見を記録に残しませんか?
岡 泰行 | 城郭カメラマン [プロフィール]
1996年より日本各地の城郭を訪ね歩き、取材と撮影を続けている。「先人たちの知恵とおしゃれ心」をテーマに、四半世紀にわたり城のたたずまいと土地の風土を記録してきた。撮影を通して城郭に宿る美意識を見つめ、遺構や城下町の風景に残る歴史の息づかいを伝えている。作品は書籍、テレビ、新聞など多くのメディアで紹介され、城の美しさと文化を広く発信している。







香西氏の本城。勝賀山の麓まで行き、登城口の案内が御座りましたので鉄馬にて上り始めて御座りまするが、山麓のみかん畑の為に作られた細い道に御座りました。そして遂に道が途絶え、上を見ると山上ははるか彼方。時計を見ると既に11時半。結局此処までで攻城を断念致しまして御座りまする。
(まつかぜ)
2005年11月現在、良好の保存状態だと言えます。城跡は頂上部に東西に渡って長細い土塁で覆われ、本丸跡・二の丸跡・三の丸跡を確認できます。虎口は本丸跡から二ヶ所あり、一つは喰い違いとなり二の丸に続き、虎口上の土塁は歩行するに十分な広さで、櫓が設けられていたと想像できます。もう一方は本丸から三の丸に通じるもので、これは大手門に相当とされています。登山口はやや難解で、麓は多くのミカン畑に囲まれていますが、鬼無駅側、佐料方面から登るのがベストでしょう。1980年高松市指定史跡。1981年勝賀城跡保存会設立。
(Kazu)
勝賀城といい中世山城(標高364.1m)の典型でまわりには沢山の支城があります。登山口が2、3個所ありますが、険しくてほとんど進入不可能かなと思えるぐらいです(それなりの装備をしていけば別だが)。したがって、以前何回か調査の手は入ったようですが、ほとんど手付かずで遺構が残っているものと思います。ということで私自身も途中までしか登ったことがありません。だれか挑戦してみてください。
(青海の王)