岸和田城

住所:大阪府岸和田市岸城町9-1 / 大阪府 / 城ファンチェック: 8

写真:岡 泰行

交通アクセス交通アクセス

鉄道利用

南海南海線、岸和田駅下車、徒歩15分。または、蛸地蔵駅下車、徒歩5分。

マイカー利用

阪神高速湾岸線、岸和田南ICから。無料駐車場有り。

撮影アドバイス撮影アドバイス

「五風荘」から天守を狙うと良し。時間は夕方あたり。季節は春が良い。以前は岸和田高校付近が良かったが、石垣がピンクになったのでちょっと変。
[城文鳥 (2001.01.05)]

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岸和田古城跡城では、岸和田市野田町の岸和田古城を訪れるべし(詳しくは上記Googleマップ参照)。また、岸和田城関連といえば、岸和田の落城を救ったと伝えられる地蔵尊が安置されている天性寺蛸地蔵が、紀州街道に残る。

 

膳所城の移築城門そのほか意外な城スポットとしては、泉大津市松之浜2丁目(詳しくは上記Googleマップ参照)に膳所城の移築城門がある。個人宅なので、ひとこと断ってから撮影を。昭和12年(1937)に、トラック40〜50台での運搬時に瓦が破損したそうで、一部を残し葺き替えられている。鯱はその時にこぶりなものに変えられた。また、太平洋戦争の時、菊の御紋はおそれおおいとして、塗り込められた現存の瓦を門に見ることができる。

城ファンチェック (8)

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    1999.05.02 大納言 さんより

    二の丸広場よりの西方の眺めが古い町並みがあって良い。岸和田は空襲にあっていないことから町並みを歩いてみてもどことなく風情がある。余談だが、この地はもともと「岸」と呼ばれていたところらしく、楠木正成一族の和田高家が築いたことから「岸」の「和田」がなまり「岸和田城」と呼ばれるようになったそうな。

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    2000.01.18 ゆかs さんより

    岸和田城は元弘4年(1334)、楠木正成の一族、和田高家が築きし城。天守閣は文政10(1827)に焼失、昭和29年(1954)に岸和田市の再建。現在は本丸・二の丸の石垣と水堀を残し復元天守が資料館。

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    2000.01.18 半兵衛 さんより

    休館日は毎週月曜、年末年始(12月29日〜1月5日)、お城まつり(4月1日〜15日)、9月15日。料金は大人200円、小人100円。

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    2000.01.18 半兵衛 さんより

    別名、千亀利(ちきり)城、猪伏山縢(ちぎり)城などと呼ばれている。現在の天守閣は3層だが、焼失した天守閣は5層。天正15年(1587)に近世の城として小出秀政が大改修を行った。慶長2年(1597)、五層の天守閣が完成。元和5年(1619)、松平康重が入封し城下町の整備を行なった。寛永17年(1640)、岡部宣勝のとき、再び大改修が行われ、伏見城の櫓と城門が移築された。このとき、総曲輪を持つ城となる。明治に本丸・二の丸の石垣と水堀を残し破却。現在、内部は郷土資料館。春は桜が美しく、毎年4月1日〜5日にお城まつりが行われる。

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    2001.01.05 城文鳥 さんより

    1999年6月28日の豪雨で、城の石垣が崩れました。石垣修理をしていますが和泉砂岩の強度が弱いとのことで、中国産と思われるピンク色花崗岩を多用しています。石垣は現在ピンク色のモザイクで、コンクリートにタイルをはりつけるような感じです。大阪府の史跡なのに、こういう修復の仕方でもいいのですね。岸和田城の石垣のなかにはコダイアマモの化石も含まれているのですが、使われなくなった石は捨てるそうです。

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    2001.01.05 城文鳥 さんより

    武家屋敷が残っています。また、近くの五風荘は戦前の紡績王の別荘で、お庭がきれいで公開されています。

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    2002.09.28 左近 さんより

    岸城神社周辺の岸城町には武家屋敷の長屋門が残ると言われているが、パンフレットなどに掲載されている長屋門は近年、取り壊したらしく今は無い。

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    2012.07.27 ニコライ さんより

    私のお勧めの見どころは、城内への表門を入りすぐ右手に石段があります。向って左側は石垣と土塀、右側は石垣とその上には植え込みがあります。石段の幅は約3m位。甲冑姿の武者行列が行進する姿など撮影すると迫力あると思います。

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