大和郡山城
大和郡山城は天正8年(1580)、筒井順慶が本拠を筒井城から郡山へ移したことに始まり、豊臣秀長や増田長盛の改修で城郭が整えられた。奈良盆地北西端、西ノ京丘陵南端に築かれた平山城で、三重の堀と石垣が城の骨格を形づくる。復元追手門や天守台、桜の景観も見どころ。このページでは、その歴史や構造、主な遺構や見どころを紹介する。 ▼続きを読む
高松城
高松城は、天正16年(1588)に生駒親正が築いた海城で、のちに松平頼重の改修によって整えられた城だ。瀬戸内海の海水を引き入れた水堀をもつ構造が特徴で、別名を玉藻城という。現在は月見櫓、水門、艮櫓が現存し(いずれも重要文化財)、天守台や石垣も残る。このページでは高松城の歴史や構造、遺構や見どころを豊富な写真とともに紹介する。 ▼続きを読む
丸亀城
丸亀城は天正15年(1587)に讃岐を得た生駒親正が築城を開始し、元和元年(1615)に一度破却されたのち、寛永18年(1641)に山崎家治が再建した城だ。標高約60mの城山に本丸を置き、二の丸・三の丸が囲む輪郭式の平山城で、高石垣の「扇の勾配」が特徴となる。現在は現存天守と石垣が往時の姿を伝える。このページでは丸亀城の歴史や構造、見どころを豊富な写真とともに紹介する。 ▼続きを読む
延岡城
延岡城は、天正15年(1587)の九州仕置の後に入封した高橋元種が築き、以後有馬氏や内藤氏らの居城となった。五ケ瀬川と大瀬川に挟まれた中洲の丘陵に築かれた城で、高石垣が特徴。現在は「千人殺し」と呼ばれる石垣や櫓跡などが残り、市街地や日向灘を望む景観も広がる。このページでは延岡城の歴史や見どころを豊富な写真とともに紹介する。 ▼続きを読む
飫肥城
飫肥城は、南九州の覇権を争う島津氏と伊東氏の攻防を経て、天正5年(1577)以降は島津氏、のち伊東氏の居城として続いた城。中世城郭を基盤に、寛文2年(1662)以降の改修で石垣を備えた近世城郭へ整えられた。現在は復興大手門や石垣、苔むす旧本丸が残り、城下町の景観とともに往時を伝える。このページでは飫肥城の歴史や見どころを豊富な写真とともに紹介する。 ▼続きを読む
金沢城
金沢城は、天文15年(1546)創建の尾山御坊を起点に、天正8年(1580)の陥落を経て前田氏が整備した城だ。犀川・浅野川にはさまれた台地端に築かれ、戸室山石の石垣が見どころだ。石川門や復元建築、ライトアップも楽しめる。このページでは歴史と構造、撮影の要点を豊富な写真とともに紹介する。 ▼続きを読む
水戸城
水戸城は、中世に馬場城として築かれた館に始まり、天正18年(1590)の小田原征伐後に佐竹氏の拠点となり、その後は水戸徳川家の居城として整備された城。高低差のある曲輪を三本の高低差50mの巨大な空堀で区切る、国内最大級ともいわれる土の城が特徴。現在は薬医門や弘道館などの遺構や復元門が往時を伝える。このページでは水戸城の歴史や構造、見どころを豊富な写真とともに紹介する。 ▼続きを読む
館林城
館林城は、弘治2年(1556)に赤井照康が居館を構えて城として整えたと伝わる平城で、戦国期には上杉・北条などの勢力が争い、江戸時代には徳川綱吉が入城し最盛期を迎えた。城沼に突き出した台地を利用した水城で、本丸や三の丸などが並ぶ大規模な縄張が特徴。現在は三の丸の土塁や復元された土橋門が往時の面影を伝える。このページでは館林城の歴史や構造、見どころを豊富な写真とともに紹介する。 ▼続きを読む
川越城
川越城は、長禄元年(1457)に太田道真・道灌父子が築いた城で、上杉氏や後北条氏の拠点となり、天文15年(1546)の河越合戦で名を知られる。武蔵野台地の東北端に築かれた平城で、本丸や二の丸を備えた方形郭の縄張が特徴。現在は本丸御殿や土塁、堀跡などが残り見学できる。このページでは川越城の歴史や構造、見どころを豊富な写真とともに紹介する。 ▼続きを読む
忍城
忍城は、15世紀後半に成田顕泰によって築かれた城で、天正18年(1590)の小田原合戦では石田三成の水攻めに耐え「忍の浮城」として知られる。利根川と荒川に挟まれた低湿地に築かれた水城で、自然堤防や沼地を利用した堅固な立地が特徴。現在は復興された御三階櫓や土塁、堀が整備され水城公園として公開されている。このページでは忍城の歴史や構造、見どころを豊富な写真とともに紹介する。 ▼続きを読む
大多喜城
大多喜城は天正18年(1590)、徳川家康の重臣・本多忠勝が整備した城で、房総における徳川方の拠点として築かれた。夷隅川や谷地形を取り込んだ平山城で、自然の要害に堀や塁を組み合わせた構えが特徴だ。現在は三層天守が昭和50年(1975)に再建され、城跡の景観とともに親しまれている。このページでは大多喜城の歴史や構造、見どころを豊富な写真とともに紹介する。 ▼続きを読む
和歌山城
和歌山城は天正13年(1585)、豊臣秀吉の命で秀長が紀ノ川河口の虎伏山に築いた城。関ヶ原後は浅野幸長が改修し、元和5年(1619)からは紀州徳川家の居城となった。緑泥片岩を用いた石垣や岡口門、復元天守などが見どころ。このページでは、その歴史や構造、主な遺構や見どころを紹介する。 ▼続きを読む
備中松山城
備中松山城は仁治元年(1240)に秋庭三郎重信が大松山に築いたのに始まり、三村氏の拡張や近世の整備を経て受け継がれた。臥牛山の4峰を使い小松山の本丸に現存天守と二重櫓が残る。山上の石垣や大手門跡、雲海の景観も魅力だ。このページでは歴史・構造・見どころと撮影情報を豊富な写真とともに紹介する。 ▼続きを読む
広島城
広島城は天正17年(1589)に毛利輝元が築城を始め、関ヶ原後は福島正則、浅野氏の城として続いた。太田川河口に三重の堀を巡らす城で、石垣の積み方の違いも見どころだ。復元天守の展望や櫓群、被爆で焼けた石垣、内堀越しの撮影が映える。このページでは広島城の歴史と構造、遺構と撮影ポイント、周辺史跡を豊富な写真とともに紹介する。 ▼続きを読む
松江城
松江城は慶長年間に堀尾吉晴が築き、宍道湖に近い亀田山に城地が定められ、慶長16年(1611)に完成した近世城郭だ。亀田山の地形を生かした縄張りをもち、松江城天守が国宝に指定されている。現在も天守や石垣、曲輪の遺構が往時の姿を伝える。このページでは松江城の歴史や構造、見どころを豊富な写真とともに紹介する。 ▼続きを読む
岩国城
岩国城は慶長7年(1602)に吉川広家が麓の御土居を築き、慶長8年(1603)から城山山頂に要害として横山城を築いたことに始まる。山頂の曲輪群と麓の御土居からなる構造で、現在は石垣や虎口などの遺構が残る。昭和37年(1962)には復興天守が建てられ、錦帯橋とともに岩国を代表する景観となった。このページでは岩国城の歴史と構造、遺構や見どころを豊富な写真とともに紹介する。 ▼続きを読む
松山城
松山城は関ヶ原の戦い後、加藤嘉明が慶長6年(1601)に築城を開始した城に始まる。標高132mの味酒山(勝山)に築かれた平山城で、連立式天守群を構成し天守が現存する。現在は天守を中心に櫓や門など21棟の重要文化財が残り、二之丸史跡庭園や大井戸遺構も見どころとなっている。このページでは松山城の歴史や構造、撮影スポットなどを豊富な写真とともに紹介する。 ▼続きを読む
高知城
高知城は関ヶ原の戦いの後、土佐24万石に入封した山内一豊が慶長6年(1601)から築いた城に始まる。大高坂山に築かれた平山城で、現存天守をもつ城として知られる。現在も追手門や本丸の建物群などの遺構が往時の姿を伝える。このページでは高知城の歴史や構造、見どころを豊富な写真とともに紹介する。 ▼続きを読む






