写真:岡 泰行

若江城の見どころ
若江城の見どころ

若江城址の石碑が、大阪市立若江公民館にある。また道路を挟んで向かいにある神社は付近の石碑が集められており、そこにも旧若江城跡の石碑がある。若江城の解説板は若江公民館前にあるのみで、若江城の遺構は宅地化により消滅している。付近で城の痕跡を探すことは難しいが、この地は大坂の役の八尾・若江の戦いの舞台。木村重成関連の史跡は若江公民館から徒歩圏内なので探索するのと面白い。

若江城の歴史観光スポット
若江城の歴史観光スポット

若江城周辺に木村重成関連の史跡が点在している。中でも木村守重の石像と木村長門守夫人貞烈碑(同所)、木村重成公霊牌所(蓮城寺)、木村重成の墓は見ておきたい。詳しい場所はGoogleマップを参照されたし。

木村重成の石像

木村長門守重成公石像木村重成の石像があるエリアは、今は区画が分けられていて実感しずらいが、広く、地元の名手、馬場氏の土地だった。若江城の石碑がある神殿とその土地も馬場氏が寄贈している。現地の古老によると、秀吉の刀狩りでも、この馬場氏から「数多くの刀を持っていった」と言い伝えが残っているほどだ。昭和7年、この馬場氏が中心になり、当時を偲びその敷地内に木村重成の石像を建立した。馬場氏がこの土地にいた昭和のおわりまでは、石像の管理がなされていたが、現在は管理する人がなく荒れていることが多いらしい。

木村重成公霊牌所・蓮城寺

木村重成公霊牌所・蓮城寺本堂蓮城寺は、南北朝時代に若江城が築かれて後、永禄年間に若江城主三好義継公の菩提寺としてこの地にあったが、信長の攻撃で若江城が落城、その後、荒れて寺院も焼失、元禄6年(1693)に復興された。木村重成の位牌があり、写真右手のお堂の中に木村重成の肖像画(油絵)がある。

木村重成の墓と山口左馬介の墓

木村重成の墓・山口左馬介の墓・木村公園木村重成は、大坂夏の陣で、豊臣方の主力として大坂城から出陣、「八尾・若江の戦い」で23歳の若さで戦死する。彦根藩士安藤長三郎が、木村重成の首級を挙げ、若江提に繁るすすきに包んで持ち帰り、彦根城下の菩提寺である宗安寺(滋賀県彦根市)に埋葬している(宗安寺に木村重成の首塚と安藤長三郎の墓が並んで建てられている)。境内には木村重成の首を包んだすすきが根付いた「血染めのすすき」も残る。余談だが宗安寺の山門は、石田三成の佐和山城の移築城門と伝わる(写真は若江城跡を南に下った第二寝屋川付近、木村公園(大阪府八尾市幸町6丁目2)に残る木村重成と山口左馬介の墓)。

また、木村公園の第二寝屋川の対岸に、若江南墓地があり、ここに「大坂夏の陣」で徳川方の武将として木村重成と戦い戦死した、山口伊豆守重信の墓がある。

藤堂高虎の将士の墓と血天井

近鉄八尾駅付近まで南下すると常光寺がある。八尾の戦いで長宗我部盛親と戦った藤堂高虎の将士の墓が境内にある。高虎は常光寺の廊下で首実検を行い、その板が血天井として使われている。また、長宗我部盛親 物見の松といわれる盛親が徳川側の布陣を偵察した場所がその西にある。

若江城のアクセスと基本情報
若江城のアクセスと基本情報

所在地

住所:大阪府東大阪市若江南町2丁目9-3 [MAP] 県別一覧[大阪府]

アクセス

鉄道利用

近鉄奈良線、若江岩田駅下車、南へ徒歩15分。大阪市立若江公民館を目指す。

マイカー利用

近畿自動車道、東大阪南ICから、北東へ800m。若江小学校北側の大阪市立若江公民館の駐車場(2台程度)を利用する。

若江城の城ネタ (1)

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    若江城は、信長の石山本願寺攻めや、雑賀攻めの前線拠点のひとつで、度々、信長もこの地にきていた。

    (2010.05.27 半兵衛)

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