宇和島城天守

宇和島城天守の見どころ

宇和島城の天守は、現存12天守のうちのひとつで、三層三階の総塗り籠め造り、大小の破風が連続していて長押も観られ、極めて優美な姿をしている。幕藩体制が確立してからの築城のため、城山に残る戦国時代の石垣とは対照的に、天守の軍事的要素は薄く、狭間や石落としが無い。

一階は六間四方、二階は五間四方、三階は四間四方の正方形で、上階にいくにしたがって同じ比率で(約2mずつ)小さくなっている。外観に安定感があるのはこのためだ。屋根の装飾も豊かで、最上階の屋根には大きな唐破風1つ、三層屋根には小さな千鳥風2つ、二層屋根には大きな千鳥風1つと、破風が連続している中にもどこか静けさがあり、さながら美しいお姫様をイメージする。
 

天守玄関

天守には玄関が付いている。この外観で見ておくべき意匠がある。伊達家の三種の家紋で、上から九曜紋、竹ニ雀紋、竪三引両紋が掘られている。
宇和島城天守玄関
伊達家の三種の家紋(竹ニ雀紋・九曜紋・竪三引両紋)
また、玄関を入ってすぐのスペースは、現在、ジュウタンがひかれ、靴を履き替えるスペースに活用されているが、本来はここが殿様が籠から降りるスペースだった。5段の木階段を経て土戸を潜り天守内に入ることになる。
宇和島城天守玄関

天守1階

天守1階は内室があり、その周囲を武者走りが巻いている。西側の武者走り天井には、この地方の魔除けの札が展示されており、東側の武者走り天井には、棟梁の名前と弟子の名前が列挙された修理記があり、どこを修復してきたかが記載されている。内室には2階へ続く木階段があり、明かり取りのために踊り場付近には窓が設けられている。天守築城当時の部材が残っていないか聞いてみると、天守1階の長押にはどうやら修復の手が入っていない築城当時のものらしい。なお、1階から2階への階段の傾斜は41度と急勾配だ。
宇和島城天守1階内室
宇和島城天守1階武者走り
宇和島城天守1階東側武者走り天井にある魔除け
宇和島城天守の修理記
宇和島城天守の木型

天守2階

1階から2階に上がると、部屋のサイズが小さくなったとはあまり感じない。それもそのはず、1階、2階の内室が同区画で武者走りのみ幅が狭い。また、2階で千鳥破風の内側がどうなっているかを見てみると、その内側は武者隠し的な空間は無い。このことからも装飾のためだけに千鳥破風が付けられたことが分かる。

この2階で見ておくべき格子窓がある。天守の屋根修理用の格子窓で、2階東側・北側・西側にそれぞれ1カ所ずつある。窓の格子が外れる仕組みで、ここから屋根に出ることができる。屋根の修理(メンテナンス)を目的としている。1階にはこの仕掛けは無い。3階には北側と南側の2カ所にある。なお、2階から3階への階段の傾斜は60度あり、天守内の階段では最も急勾配だ。
宇和島城天守2階
取り外し可能な格子。
宇和島城天守の格子窓

天守3階

実は3階は、2階の内室より面積が広い。3階に上がってすぐに階段の欄干を見ておこう。社寺建築並の装飾がある欄干で、こういった意匠は宇和島城天守の特徴のひとつとなっている。
宇和島城天守3階
宇和島城の社寺建築並の装飾がある欄干

天守3階から窓の外の瓦をチェック。千鳥破風の屋根に桃瓦(瓦留)が乗っている。桃瓦は現存12天守では、犬山城宇和島城にしかない。
宇和島城の桃瓦(瓦留)

3階の天井には、点検口がある。ここから屋根裏に入り、最上階屋根の入母屋にある妻戸から外に出られるという訳だ。
宇和島城天守3階の点検口

天守3階の内壁には、武具掛けと煙出しの窓がある。最上階のみ戦いを意識しているのかと思いきや、そうではない見方があるらしい。現地で聞くところによると、最上階に展示されている『宇和島城下絵図屏風』では、天守の窓は濃い色で塗られている。これは本来、雨戸のような取り外し可能な板戸があり、それを掛けていたのが内壁に見られる棚で、窓を閉める時はそれを窓の外に掛けていたのではないかという説だ。ちょうど窓の上部(外側)には、フックの役割を果たしたのであろう用具の跡が壁に残されている。
宇和島城3階内壁の武具掛け
宇和島城天守の窓の上部(外側)にの残るフックのような用具

さて最後に、最上階の北側から本丸越しに宇和海を見ていくと良いぞ。
宇和島城天守最上階から宇和海を望む
一説には、藤堂高虎や伊達秀宗が宇和島に入ったとき、宇和島は陸の孤島で、海からが唯一の入口だったらしい。もしかしたら、海からの見栄えを考慮して、意図して海に天守の正面を向けたのかもしれないと想像してみたが、定かなことは分からない。

(文・写真=岡 泰行)

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